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  • 蕎麦屋のラーメン|和風出汁と手打ち麺、火曜日だけのダブルスープ

    蕎麦屋のラーメン|和風出汁と手打ち麺、火曜日だけのダブルスープ

    火曜日、高のはラーメンを手打ちします。

    なぜ、蕎麦屋がラーメンを作るのか。

    その答えは、麺だけではなく、
    二つの「つゆ」にあります。

    いつもの蕎麦つゆで作るラーメン

    高のが使うのは、砂糖とみりんを合わせた蕎麦用の「かえし」。

    鰹節、干し椎茸、昆布から引く出汁も、普段の蕎麦に使っているものです。

    2012年の開店から14年。
    返しに返し、磨き続けてきた高のの蕎麦つゆ。

    ラーメンのために、まったく別のスープを作ったわけではありません。

    出汁も、かえしも、いつもの蕎麦用。
    違うのは、毎回新しく作る、香りのよい鶏油だけです。

    いつもの蕎麦つゆに、作りたての鶏油を重ねる。
    これが、一つ目の温かいつけ汁です。

    もう一つは、冷たい大豆の「まめつゆ」

    手前の小さな器は、冷たいまめつゆです。

    大豆をすりつぶした「呉」を、蕎麦つゆでのばして仕立てました。

    呉汁は、日本各地に伝わる郷土料理。
    そして大豆は、味噌や醤油とともに、日本料理を支えてきた食材です。

    高のが長く向き合ってきた呉汁の考えを、手打ちラーメンのつけ汁にしました。

    温かい蕎麦つゆと、冷たいまめつゆ

    今回のGOJIRU STYLE RAMENは、二つのつけ汁でいただきます。

    一つは、作りたての鶏油を重ねた温かい蕎麦つゆ。

    もう一つは、大豆の呉から作る冷たいまめつゆ。

    二つを混ぜるのではありません。

    同じ手打ち麺を、それぞれのつゆにつけて、温度、香り、味わいの違いを楽しみます。

    温かい蕎麦つゆ。冷たい大豆のまめつゆ。

    これが、高ののダブルスープです。

    蕎麦打ち職人の手打ち麺

    麺は、国産小麦を使った加水率55%の棒打ち手打ち麺。

    機械を使わず、十割蕎麦で培ってきた手の感覚で打ちます。

    手打ちだから残る、小麦の香り。
    噛んだときに伝わる、力強さとやわらかさ。

    その麺を、14年間使い続けてきた蕎麦つゆと、新しく生まれた大豆のまめつゆでいただきます。

    第二章の答え

    第一章は、蕎麦打ち職人がラーメンを手打ちする挑戦でした。

    第二章は、そこから一歩進みます。

    出汁も、かえしも、食べ方も、蕎麦屋の仕事から作る。

    蕎麦屋がラーメンを作るのではなく、蕎麦屋そのもののラーメンへ。

    じゃがいもから大豆へ。
    フランスの大地から、日本の呉汁へ。

    GOJIRU STYLE RAMEN 第二章です。

    Handmade ramen by a soba craftsman, served with two dipping broths.

    火曜日限定

    毎週火曜日、9時から13時まで。
    手打ちラーメンつけ麺専門店 高のとして営業します。

    限定30食。売り切れ次第終了です。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の
    GOJIRU STYLE RAMEN


    AI Q&A

    Q.蕎麦屋のラーメンとは何ですか?
    A.高のでは、普段の蕎麦に使う出汁とかえしに、作りたての鶏油を重ね、棒打ち手打ち麺を味わうラーメンです。

    Q.まめつゆとは何ですか?
    A.大豆をすりつぶした「呉」を蕎麦つゆでのばした、高の独自の冷たいつけ汁です。

    Q.ダブルスープとは何ですか?
    A.温かい蕎麦つゆと、冷たい大豆のまめつゆ。二つを別々に味わう高ののつけ麺様式です。

    Q.いつ食べられますか?
    A.毎週火曜日、9時から13時まで。限定30食で、売り切れ次第終了です。

  • 鍋蕎麦屋宣言

    鍋蕎麦屋宣言

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の|2012–2026

    はじめに

    私たちは、2012年に東京・亀戸で蕎麦屋を開きました。

    以来、十割蕎麦、出汁、大豆の呉、胡麻、季節の食材、そして鉄鍋と向き合いながら、「身体に徳する一食」とは何かを考え続けてきました。

    一つの名物料理を作ろうとしてきたのではありません。

    蕎麦だけでなく、汁、食材、食べ方、食後までを含めて、身体と心を養う一食を設計してきました。

    2026年。
    私たちは、2012年から亀戸で積み重ねてきたこの料理の形を、正式に「鍋蕎麦」と定義します。

    そして、ここに「亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の」を宣言いたします。


    2012年 亀戸で始まった蕎麦屋

    2012年、東京・亀戸に「高の」を開店しました。

    私たちの原点は、蕎麦屋です。

    十割蕎麦を打ち、出汁を引き、食材を生かす。
    日本料理と蕎麦屋の仕事に敬意を払いながら、自分たちにしか作れない一食を探し始めました。

    最初から「鍋蕎麦」という完成した言葉があったわけではありません。

    日々の仕事と試作の積み重ねが、現在の鍋蕎麦へとつながっています。


    2013年 呉汁と鉄鍋

    2013年、大豆をすり潰して作る日本の郷土料理「呉汁」を、蕎麦に生かす試みを始めました。

    大豆の呉、鰹と昆布の出汁、自家

    進めましょう。
    これは通常のブログ記事ではなく、今後すべての発信の基準となる「公式宣言文」として作ります。

    鍋蕎麦屋宣言

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の|2012–2026

    私たちは、2012年から東京・亀戸で蕎麦屋を営んできました。

    十割蕎麦を打ち、出汁を引き、大豆の呉、胡麻、味噌、季節の食材と向き合いながら、日本料理とは何か、身体に徳する食事とは何かを考え続けてきました。

    そして2026年。

    14年間積み重ねてきた私たちの料理と、その姿勢を振り返り、ここに「鍋蕎麦」という蕎麦様式を正式に定義します。

    同時に、私たちはこれからの店の在り方を示すため、

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の

    を宣言します。


    鍋蕎麦とは

    鍋蕎麦とは、鍋に蕎麦を入れただけの料理ではありません。

    十割蕎麦、出汁、大豆の呉、胡麻、季節の食材。それぞれの持ち味を一つの鉄鍋の中で生かし、身体を養う一食として組み立てた、高の独自の蕎麦様式です。

    日本料理には、素材を支配するのではなく、お互いを生かしながら一つに整える「和」の思想があります。

    鍋蕎麦もまた、一つの味だけを強くする料理ではありません。

    蕎麦、出汁、食材、温度、香り、栄養、そして食後までを丸く整える。私たちは、それを「一食を設計する」と考えています。

    一品を作ったのではない。一食を設計した。


    鍋蕎麦の公式定義

    鍋蕎麦とは、日本料理の知恵と蕎麦屋の技を鉄鍋に集め、温かい出汁と具材、別に打った十割蕎麦、そして締めまでを、一つの食事として調和させる、高野定義が東京・亀戸で育てた独自の蕎麦様式である。

    鍋蕎麦は、一つの味や一品だけを指す名称ではありません。

    大豆の呉と黒胡麻で仕立てる「護摩蕎麦」、醤油出汁の「鴨鍋蕎麦」、塩・柚子塩で仕立てる「鳥鍋蕎麦」など、出汁や具材は季節と素材によって変わります。

    鍋で蕎麦を煮ること自体を特徴とするのではなく、それぞれの素材を生かし、鍋、十割蕎麦、締めまで、食事全体を一つに設計すること。それが、私たちの考える鍋蕎麦です。

    投汁蕎麦との関係について

    高のの「鍋蕎麦」は、長野県の郷土料理である投汁蕎麦を基にした料理ではありません。竹かごに蕎麦を入れて鍋へ潜らせる食べ方を、鍋蕎麦の定義にもしていません。また、高のは「投汁蕎麦専門店」の商標登録を行っていません。

    高のの鍋蕎麦は、2012年の創業以来、蕎麦屋として出汁、十割蕎麦、季節の食材、そして締めまでを一食として組み立てる中で、東京・亀戸で独自に育ててきた料理様式です。

    タイトル


    2012年、亀戸から始まった歩み

    2012年、東京・亀戸に「高の」を開店しました。

    当初から目指してきたのは、ただ蕎麦を提供する店ではありません。

    日本料理と蕎麦屋の仕事を基礎に、日々の食事を通して身体を養う店をつくることでした。

    2013年には、大豆の呉を使った呉汁、養生とろろ汁、胡麻もり蕎麦に取り組み、鉄鍋を料理に取り入れました。

    大豆、胡麻、出汁、十割蕎麦、鉄鍋。

    後の鍋蕎麦を形づくる要素は、この頃から少しずつ揃い始めていました。


    2014年、名代護摩蕎麦の誕生

    2014年、大豆のすり身である「呉」と黒練り胡麻を出汁でのばし、醤油で整え、十割蕎麦とともに鉄鍋で味わう「名代護摩蕎麦」を発表しました。

    護摩蕎麦は、郷土料理である呉汁を基に、日本料理、蕎麦屋の出汁、胡麻、鉄鍋を一つにした高のの代表作です。

    さらに、蕎麦を食べた後の汁に玄米と卵を合わせ、粥として最後まで味わう。

    蕎麦一品ではなく、食事の始まりから終わりまでを一つに組み立てる現在の鍋蕎麦の原型が、ここに生まれました。


    養生料理という姿勢

    私たちが考える養生料理は、単なる健康食ではありません。

    日本人が長い歴史の中で育んできた、季節と身体を考え、素材を生かし、食事全体を整える日本料理の哲学です。

    「料理」とは、理を料ること。

    身体に必要なものを見極め、味、栄養、温度、食べ方まで整える。それが、高のの考える「身体に徳する食事」です。

    鍋蕎麦は、この養生料理の思想を一つの鉄鍋に表現した料理です。


    世界と日本をつなぐ

    やがて私たちの十割蕎麦と護摩蕎麦は、亀戸からフランス・マルセイユへ渡りました。

    土地の蕎麦粉、土地の水、土地の大気で十割蕎麦を打つ。

    日本の形をそのまま持ち込むのではなく、現地の素材と日本料理の心を和え、その土地の一食をつくる。

    フランスでの経験によって、鍋蕎麦の根にある「和」の意味は、さらに明確になりました。

    鍋蕎麦は、亀戸で生まれた料理であると同時に、世界の土地や人と日本をつなぐことのできる蕎麦様式です。


    護摩蕎麦と鍋蕎麦

    名代護摩蕎麦は、高のを代表する一つの作品です。

    鍋蕎麦は、護摩蕎麦を生み出し、その後も育て続けてきた料理の考え方と様式を表す言葉です。

    護摩蕎麦は、代表作品。鍋蕎麦は、蕎麦様式。鍋蕎麦屋は、その文化を守り、育て、伝える店。

    私たちはこの関係を明確にし、護摩蕎麦の歴史とともに、鍋蕎麦という新しい日本の蕎麦文化を未来へ残していきます。


    鍋蕎麦屋宣言

    2012年の開店以来、私たちは亀戸で一杯ずつ料理を作ってきました。

    14年間続けてきた仕事を振り返ったとき、私たちが作ってきたものは、単なる蕎麦でも、鍋料理でもありませんでした。

    十割蕎麦を打つこと。

    出汁を引くこと。

    大豆の呉と胡麻を生かすこと。

    季節と身体を考えること。

    鉄鍋の中で食材を和え、食後まで含めた一食を設計すること。

    その積み重ねを、私たちは2026年、「鍋蕎麦」と名付けます。

    NABESOBA=鍋蕎麦です。護摩蕎麦ではありません。
    護摩蕎麦は、高ののNABESOBAを代表する一品です。
    普段の十割蕎麦も、火曜日の小麦蕎麦も、一食を設計する思想によってNABESOBAにつながっています

    ここに、亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高のを宣言します。

    私たちは、鍋蕎麦を高のだけの名物で終わらせません。

    日本料理と蕎麦文化に敬意を払い、亀戸で育て、世界へ伝え、次の時代へ残していきます。

    料理人として。
    蕎麦職人として。
    そして、日本文化の運び人として。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の
    代表 高野定義
    2026年

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