2024年、フランス・マルセイユ。
Robatoでの二週間が終わろうとしていた。
寿司でも、ラーメンでもない。
フランスでは、まだ誰も知らない高のの料理。
KAKIAGE「苔」。
鉄鍋の護摩蕎麦。
豆乳抹茶「きみがよ」。
鶏もも丸々素揚げ。
始まりは予約ゼロだった。
それが毎晩満席になり、二週間SOLD OUT。
店には、キャンセル待ちの電話が鳴り続けた。
その客席の向こうで、僕たちの料理を見ていた男がいた。
クリストフだった。
初めてのKoishi
クリストフに連れられ、僕とオスギは初めてKoishiを訪れた。
店の外から、すでに普通ではなかった。
日本の漫画、アニメ、写真、器。
厨房には、日本から運ばれた米の袋が掛けられている。
壁にも、棚にも、冷蔵庫にも、クリストフが好きになった日本があった。
整然と作られた日本料理店ではない。
クリストフが見て、食べて、出会ってきた日本が、店の中に積み重なっていた。
僕には、その少し雑然とした景色が心地よかった。
誰かに教えられた日本ではない。
彼が自分の目で見つけ、自分の手で集めた日本だった。
クリストフとの鯖料理対決
厨房へ入ると、目の前に鯖が置かれた。
クリストフが鯖を捌く。
僕は、その手元を後ろから見ていた。
そして今度は、僕が料理を作る。
同じ鯖を使い、それぞれの考えで一皿を作った。
言葉で説明するより早かった。
包丁の入れ方。
火の使い方。
味の重ね方。
素材のどこを見ているのか。
料理人は、料理を見れば分かる。
僕はクリストフの料理を食べた。
クリストフも、僕の料理を食べた。
勝ち負けを決めるための対決ではなかった。
けれど、互いに相手を見ていた。
何を作る料理人なのか。
何を大切にしているのか。
一緒に仕事ができる人間なのか。
あれは、鯖料理対決だった。
そして、今になって思う。
あれは僕たちのオーディションだったのだろう。
僕だけが試されていたのではない
僕は、自分の技術を見られていると思っていた。
けれど、僕もまたクリストフを見ていた。
日本料理を、形だけで扱う人ではないか。
日本という名前だけを使う人ではないか。
料理に対して、本気なのか。
クリストフは、流暢な日本語を話すわけではない。
僕も、フランス語で料理を語れない。
それでも、不思議と分かった。
この人は、日本料理を借りているのではない。
日本を好きになり、自分の人生の中で育てている。
だから僕も、自分の料理を隠さなかった。
高のの料理を、そのまま見せた。
料理人同士の合格
鯖料理対決の結果を、誰かが発表したわけではない。
合格とも、不合格とも言われていない。
それでも、その日から僕たちの距離は変わった。
記念写真を撮り、親指を立てた。
あの一枚は、料理対決が終わった後の写真に見える。
けれど今の僕には、料理人同士が互いに合格を出した瞬間に見える。
Robatoで満席にできるか。
それが2024年に掲げた、僕のリベンジだった。
しかし、その先に待っていたのは、売上でも、評価でもなかった。
一人の料理人との出会いだった。
クリストフとの出会いによって、マルセイユは仕事をする場所から、帰ってくる場所へ変わり始めた。
次は、クリストフの家へ
Koishiでの鯖料理対決を終えた僕たちは、次にクリストフの家へ招かれる。
レストランの厨房ではない。
仕事から離れた、彼の暮らす場所。
そこでオスギが望んだのは、フランス料理でも、日本料理でもなかった。
カルボナーラだった。
そして、僕たちは愛犬マジと出会う。
料理人として始まった関係が、人と人との関係へ変わっていく。
僕たちは、まだ知らなかった。
この男との出会いが、その後のフランス活動を支える大きな柱になることを。
次回、フランス活動記⑩。
クリストフの家へ。
オスギのカルボナーラと、愛犬マジ。

