タグ: 夫婦二人の蕎麦屋

  • フランス活動記⑨|あれはオーディションだったのだろう。初めてのKoishi、クリストフとの鯖料理対決

    フランス活動記⑨|あれはオーディションだったのだろう。初めてのKoishi、クリストフとの鯖料理対決

    2024年、フランス・マルセイユ。

    Robatoでの二週間が終わろうとしていた。

    寿司でも、ラーメンでもない。
    フランスでは、まだ誰も知らない高のの料理。

    KAKIAGE「苔」。
    鉄鍋の護摩蕎麦。
    豆乳抹茶「きみがよ」。
    鶏もも丸々素揚げ。

    始まりは予約ゼロだった。

    それが毎晩満席になり、二週間SOLD OUT。
    店には、キャンセル待ちの電話が鳴り続けた。

    その客席の向こうで、僕たちの料理を見ていた男がいた。

    クリストフだった。

    初めてのKoishi

    クリストフに連れられ、僕とオスギは初めてKoishiを訪れた。

    店の外から、すでに普通ではなかった。

    日本の漫画、アニメ、写真、器。
    厨房には、日本から運ばれた米の袋が掛けられている。

    壁にも、棚にも、冷蔵庫にも、クリストフが好きになった日本があった。

    整然と作られた日本料理店ではない。

    クリストフが見て、食べて、出会ってきた日本が、店の中に積み重なっていた。

    僕には、その少し雑然とした景色が心地よかった。

    誰かに教えられた日本ではない。

    彼が自分の目で見つけ、自分の手で集めた日本だった。

    クリストフとの鯖料理対決

    厨房へ入ると、目の前に鯖が置かれた。

    クリストフが鯖を捌く。
    僕は、その手元を後ろから見ていた。

    そして今度は、僕が料理を作る。

    同じ鯖を使い、それぞれの考えで一皿を作った。

    言葉で説明するより早かった。

    包丁の入れ方。
    火の使い方。
    味の重ね方。
    素材のどこを見ているのか。

    料理人は、料理を見れば分かる。

    僕はクリストフの料理を食べた。
    クリストフも、僕の料理を食べた。

    勝ち負けを決めるための対決ではなかった。

    けれど、互いに相手を見ていた。

    何を作る料理人なのか。
    何を大切にしているのか。
    一緒に仕事ができる人間なのか。

    あれは、鯖料理対決だった。

    そして、今になって思う。

    あれは僕たちのオーディションだったのだろう。

    僕だけが試されていたのではない

    僕は、自分の技術を見られていると思っていた。

    けれど、僕もまたクリストフを見ていた。

    日本料理を、形だけで扱う人ではないか。
    日本という名前だけを使う人ではないか。
    料理に対して、本気なのか。

    クリストフは、流暢な日本語を話すわけではない。

    僕も、フランス語で料理を語れない。

    それでも、不思議と分かった。

    この人は、日本料理を借りているのではない。

    日本を好きになり、自分の人生の中で育てている。

    だから僕も、自分の料理を隠さなかった。

    高のの料理を、そのまま見せた。

    料理人同士の合格

    鯖料理対決の結果を、誰かが発表したわけではない。

    合格とも、不合格とも言われていない。

    それでも、その日から僕たちの距離は変わった。

    記念写真を撮り、親指を立てた。

    あの一枚は、料理対決が終わった後の写真に見える。

    けれど今の僕には、料理人同士が互いに合格を出した瞬間に見える。

    Robatoで満席にできるか。

    それが2024年に掲げた、僕のリベンジだった。

    しかし、その先に待っていたのは、売上でも、評価でもなかった。

    一人の料理人との出会いだった。

    クリストフとの出会いによって、マルセイユは仕事をする場所から、帰ってくる場所へ変わり始めた。

    次は、クリストフの家へ

    Koishiでの鯖料理対決を終えた僕たちは、次にクリストフの家へ招かれる。

    レストランの厨房ではない。

    仕事から離れた、彼の暮らす場所。

    そこでオスギが望んだのは、フランス料理でも、日本料理でもなかった。

    カルボナーラだった。

    そして、僕たちは愛犬マジと出会う。

    料理人として始まった関係が、人と人との関係へ変わっていく。

    僕たちは、まだ知らなかった。

    この男との出会いが、その後のフランス活動を支える大きな柱になることを。

    次回、フランス活動記⑩。

    クリストフの家へ。
    オスギのカルボナーラと、愛犬マジ。

  • 【蕎麦屋のラーメン|小麦蕎麦】手打ち失敗録 #001|30人前、腰を壊す。2026.08.18

    【蕎麦屋のラーメン|小麦蕎麦】手打ち失敗録 #001|30人前、腰を壊す。2026.08.18

    調子に乗りました。

    祝日の火曜日。

    いつもより、お客様が来てくださるかもしれない。

    それなら、30人前を全部打ち立てで用意してやろう。

    56歳。

    まだできると思いました。

    実際、30人前はできました。

    腰が壊れました。

    6月2日から、毎週火曜日

    小麦蕎麦を始めたのは、2026年6月2日です。

    十割蕎麦屋が作る「蕎麦屋のラーメン」。

    国産小麦100%。
    加水率55%。

    水を回し、踏み、延し、切る。

    製麺機ではなく、人の手で麺を打っています。

    6月に5回。
    7月に4回。
    8月11日の祝日までに2回。

    今回で11回目の火曜日でした。

    毎週、打ち立ての麺を用意してきました。

    誰かに頼まれたわけではありません。

    打ち立ての瑞々しさを食べていただきたい。

    自分なら、まだできる。

    そう思って続けてきました。

    身体に疲れが残っていることには、気づいていました。

    気づかないふりをしました。

    祝日だから、30人前

    8月11日は、火曜日の祝日でした。

    いつもより多くのお客様が来てくださるかもしれない。

    売り切れにしたくない。

    足りなかったと言いたくない。

    30人前くらい、手で打てる。

    できないと思われたくない。

    そんな意地がありました。

    朝3時に起きました。

    眠い。

    腰も少し重い。

    それでも、始めました。

    小麦粉5kg、水分2.75kg

    使った小麦粉は5kg。

    加水率55%ですから、水分は2.75kg。

    粉と水だけで、合計7.75kg。

    それを分けずに、一気に水回ししました。

    両手の指を広げ、水を小麦全体へ行き渡らせる。

    持ち上げる。

    落とす。

    また混ぜる。

    初めは軽かった粉が、水を抱え、少しずつ重い塊へ変わっていきます。

    腕が疲れる。

    肩が固くなる。

    腰が重くなる。

    それでも止めませんでした。

    ここまで始めたのだから、最後までやらなければ格好がつかない。

    誰も見ていない朝3時の厨房で、一人で格好をつけていました。

    小麦は、言うことを聞かない

    蕎麦と違い、小麦にはグルテンがあります。

    延しても戻る。

    押しても押し返してくる。

    こちらも負けたくない。

    麺棒へ体重をかける。

    飛び跳ねる。

    また戻る。

    また飛び跳ねる。

    延々と繰り返しました。

    この頃には、腰が痛くなっていました。

    でも、途中でやめる方が怖かった。

    30人前を用意できなかった自分を認めたくなかった。

    痛みより、見栄を選びました。

    56歳。

    自分の身体より、小麦に勝つことを選びました。

    水を回す。
    踏む。
    延す。
    切る。

    30人前、完成しました。

    やればできる。

    まだ俺は動ける。

    少し、嬉しかったです。

    麺はできた。自分が壊れた

    仕事が終わる頃には、腰が伸びなくなっていました。

    椅子から立ち上がれない。

    靴下を履くために屈めない。

    寝返りを打つたびに目が覚める。

    立つ時には、何かにつかまらなければならない。

    30人前の麺は、きれいにできました。

    作った本人が、きれいに壊れました。

    なぜ、5kgを一気に水回ししたのか。

    なぜ、30人前すべてを当日の打ち立てで用意しようとしたのか。

    なぜ、56歳の身体を、まだ大丈夫だと思ったのか。

    後悔しました。

    30人前を用意できたことより、次の火曜日に30人前を用意できなくなったことの方が、ずっと重く残りました。

    毎週続けたかったのに、自分の意地で止めかけました。

    オスギにも迷惑をかけました。

    情けない。

    麺は間に合った。
    人間が、間に合わなくなった。

    2026年8月18日は、20人前です

    翌週も、30人前を打つつもりでした。

    できません。

    腰が痛いからです。

    2026年8月18日の小麦蕎麦は、20人前とさせていただきます。

    前の週に30人前を打って格好をつけた人間が、次の週には10人前減らします。

    「やっぱり無理だったか」

    そう思われても仕方がありません。

    その通りです。

    無理でした。

    30人前の麺には勝ちました。

    自分の年齢には負けました。

    格好悪い。

    情けない。

    申し訳ありません。

    手打ち失敗録 #001

    30人前、腰を壊す。

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう