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  • 高のが、小麦を手打ちした。——料理とは、好奇心 寝るなときめきよ

    高のが、小麦を手打ちした。——料理とは、好奇心 寝るなときめきよ

    高のが、小麦を手打ちした。

    打ちたかったから。
    職人だもん。

    眠るな、ときめき。

    その好奇心は、職人にとって当然。
    高のにとって普通であり、必然でした。

    小麦は、国産小麦100%。
    技術は、十割蕎麦で培った手打ち。
    つゆは、日本の出汁と蕎麦屋の返し。
    料理の軸は、2013年から向き合ってきた郷土料理「呉汁」。

    高のが歩いてきた料理の道を、そのまま小麦まで進めた。
    すべてが高のの中に、すでにありました。

    料理とは、理を料ること。

    高のの理を一杯にすれば、こうなる。

    その料理を「小麦蕎麦」と名づけました。

    料理とは、理を料ること

    「料理」とは、理を料ること。

    食材の理。
    季節の理。
    土地の理。
    身体の理。
    そして、自分が歩いてきた道の理。

    食材を前にして、その理由を読み、最もふさわしい形へ整える。
    高のにとって、料理とはそういう仕事です。

    では、十割蕎麦職人がラーメンを料理するなら、どうなるのか。

    麺は、国産小麦を自分の手で打つ。
    つゆは、鰹、昆布、干椎茸の出汁と、蕎麦屋として守ってきた返しから作る。
    料理の中心には、日本の郷土料理「呉汁」を置く。

    これが、高のの理です。

    高のが歩いてきた道を、そのまま一杯の中で料理した形です。

    なぜ、国産小麦なのか

    ラーメンが日本で育ち、日本人の暮らしに根づいた和食であるなら、高のは日本の小麦から始めます。

    使うのは、国産小麦100%。

    春よ恋、農林61号、熊本県産の全粒粉。
    それぞれの香り、甘み、強さを見ながら配合し、水を廻します。

    水廻し、こね、延し、切り。
    十割蕎麦で培った感覚を、そのまま小麦へ向ける。

    手が心地よいと感じるところまで水を入れ、あとから測ると加水率は55%でした。

    その日の粉と水の間にある違和感を探り、小麦が心地よい場所へ連れていく。
    それが手打ちであり、職人の仕事です。

    国産小麦を使い、自分の手で打つ。
    高のが日本料理を作るための、当然の選択です。

    なぜ、呉汁なのか

    高のなら、呉汁は必然です。

    呉汁とは、水に浸した大豆をすりつぶした「呉」を、出汁や味噌で仕立てる日本の郷土料理です。

    大豆を食べ、身体を養い、土地の食材を無駄なく生かす。
    そこには、日本人が暮らしの中で受け継いできた知恵があります。

    高のでは、2013年から大豆の呉と蕎麦を料理してきました。

    大豆の茹で汁に、鰹と昆布の出汁。
    自家製の江戸甘味噌。
    そこへ蕎麦を合わせたことが、高のと呉汁の始まりでした。

    その呉汁が胡麻と出会い、2014年、名代「護摩蕎麦」へとつながりました。

    だから、小麦蕎麦の軸も呉汁です。
    2013年から続く一本の道を、そのまま小麦まで進んできました。

    蕎麦もラーメンも、出発点は呉汁。

    二刀流になっても、高のの軸は一つです。

    高ののラーメンは、日本料理

    国産小麦を、蕎麦職人が手打ちする。

    鰹、昆布、干椎茸の出汁に、蕎麦屋の返しを合わせる。
    大豆の呉を、日本料理の中心に据える。

    高のがラーメンを料理すれば、こうなる。
    国産小麦、日本の出汁、蕎麦屋の返し、郷土料理の呉汁。

    すべてが、高のの歩いてきた道の上にあります。

    だから、その名前を「小麦蕎麦」としました。

    入口の言葉は「蕎麦屋のラーメン」。
    料理の名前は「小麦蕎麦」。

    十割蕎麦職人が、蕎麦打ちの技術と日本料理の理で作る、もう一つの手打ちです。

    夏の呉汁を、小麦蕎麦と

    今回の夏の呉汁に使うのは、新潟県柿崎産の枝豆です。

    オスギさんのお母さんが育て、届けてくれた夏の味。

    土地から届いた枝豆をすりつぶし、蕎麦つゆと合わせ、冷たい「夏の呉汁=まめつゆ」に仕立てます。

    温かい一つ目のつゆは、鰹、昆布、干椎茸の蕎麦出汁。
    冷たい二つ目のつゆは、枝豆の呉汁。

    一つの手打ち小麦蕎麦を、二つの温度、二つのつゆで味わう。

    冷たい枝豆の呉汁で、ズズズ。
    熱々の蕎麦出汁で、ふうふう。

    枝豆は夏の理。
    冷たい呉汁は季節の理。
    熱々の蕎麦出汁は、鍋蕎麦屋としての理。

    すべてに理由があります。

    料理とは、理を料ること。
    夏の小麦蕎麦もまた、高のの理から生まれた料理です。

    なぜ、二刀流なのか

    蕎麦とラーメン。

    言葉だけを見れば、別の料理です。
    しかし、高のにとっては、どちらも同じ手から生まれます。

    粉を見て、水を廻す。
    手の中の違和感を探り、こね、延し、切る。
    出汁を引き、返しを合わせ、季節と身体を考えて一杯を組み立てる。

    蕎麦を打つ日も、小麦を打つ日も、高のがしていることは料理です。

    二刀流とは、一つの理を、蕎麦と小麦、二つの手打ちで表すことです。

    職人にとって、手で確かめることは当然。
    高のにとって、蕎麦もラーメンも手打ちすることは普通。
    そして、呉汁を軸に日本料理として仕立てることは必然です。

    日本料理を愛する、一人として

    私は、日本料理を愛する日本人の一人でありたいと思っています。

    昔から受け継がれてきた料理を知り、自分の手で作り、次の人へ渡していく。

    土地の食材を大切にする。
    季節を料理する。
    食べる人の身体を思う。
    守るだけではなく、自分の手を通し、今の料理として次へつなぐ。

    呉汁を護摩蕎麦へ。
    護摩蕎麦から、小麦蕎麦へ。

    形が変わっても、理は変わりません。

    変わったのは、蕎麦粉か小麦粉か。
    変わらないのは、手打ちと日本料理です。

    高のは、毎週火曜日、この小麦蕎麦を楽しみながら育てていきます。

    これが、高のの日本料理。
    これが、高のの理です。

    職人の好奇心を、眠らせない。

    眠るな、ときめき。

    SOBA & RAMEN — Two skills, one path.

    火曜日の小麦蕎麦

    ● 毎週火曜日

    ● 9:00〜13:00

    ● 限定30食

    ● 2,200円

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の

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