タイトル
炭は灰になって、また生きる。蕎麦屋の店主がつくる器|甲和焼 芝窯
本文
料理人の仕事は、厨房の中だけではありません。
何を見て、何に触れ、休日に何をしているのか。
その人の生活は、少しずつ料理に現れます。
私は蕎麦を打ち、料理をつくる仕事をしています。
そして、ときどき土に触れます。
昨日は、東京・小岩にある「甲和焼 芝窯(こうわやき・れいしょう)」で陶芸をしてきました。
ろくろの上で土を挽き、手のひらで形を探していく。
少し力を入れれば曲がり、迷えば形にも迷いが出る。
蕎麦打ちとは違うようで、よく似ています。
粉も、土も、こちらの都合だけでは動いてくれません。
その日の水分、温度、手の力。
素材の声を聞きながら、形になる場所を探します。
今回つくったのは、高ので使うための器です。
一つずつ大きさも、丸みも、ろくろの跡も違います。
きれいに揃えることより、料理を受け止める器であることを大切にしました。
器の内側や外側には、自分の印も残しました。
まだ焼成前の、土の姿です。
ここから火をくぐり、器になります。
店で使った炭を、器の色にする
高のでは、料理に炭を使います。
火をつくり、食材を焼き、料理を支えた炭は、最後に灰になります。
普通なら、そこで役目は終わりです。
けれど私は、その灰を捨てずに集めています。
店で使った炭から出た灰を、器の釉薬に使うためです。
灰は、焼成の中で土と火に出会い、器の色と表情になります。
どのような色になるのか。
どこに流れ、どこに留まるのか。
すべてを思いどおりにはできません。
だから面白い。
料理を支えた炭が、灰になり、今度は料理を盛る器になる。
炭は灰になって、また生きる。
料理は、器の上だけで始まるのではない
私は、料理とは皿の上に盛りつけた瞬間だけを指すものではないと思っています。
蕎麦の実が育った土地。
粉を挽くこと。
水を回すこと。
火を扱うこと。
そして、その料理を受け止める器。
すべてがつながって、一つの料理になります。
器を自分でつくるのは、器用さを見せたいからではありません。
自分の料理が、どのような器に盛られたいのか。
それを自分の手で確かめたいからです。
料理人が土に触れる。
蕎麦を打つ手が、ろくろの上で土を挽く。
店の炭が、灰釉となって器の色になる。
非効率です。
けれど、高のは、その非効率を大切にしています。
東京の土から生まれた甲和焼
甲和焼は、東京・江戸川区小岩の土から生まれた焼き物です。
小岩の旧地名「甲和里」にちなみ、土地の土を「甲和土」、そこから生まれた焼き物を「甲和焼」と名づけたそうです。
もともと東京の土は耐火力が弱く、焼き物には向かないとされていました。
甲和焼は、土の精製や焼成方法を工夫し、長年の研究によって生まれました。
向いていないといわれた素材と向き合い、土地のものを、その土地の作品にする。
その姿勢にも、私は惹かれています。
高のが大切にするのも、素材を別のものに見せることではありません。
蕎麦は、蕎麦らしく。
土は、土らしく。
灰は、灰の記憶を残したまま。
完成した器には、高のの料理を盛ります。
その日、炭は本当に、もう一度生き始めます。
SOBA TAKANO
鍋蕎麦料理 高の
高野定義
Q&A
Q. 甲和焼とは何ですか?
東京・江戸川区小岩の土を生かして生まれた焼き物です。小岩の旧地名「甲和里」にちなみ、土地の土を「甲和土」、工房で制作される作品を「甲和焼」と呼びます。
Q. 灰釉とは何ですか?
植物や木炭などから出た灰を原料に用いる釉薬です。焼成によって土や火と反応し、器に色や艶、流れなどの表情を生みます。
Q. なぜ蕎麦屋の店主が器をつくるのですか?
料理を受け止める器まで、料理の一部だと考えているからです。高野定義は、店で使った炭の灰を器の釉薬に生かし、店の仕事と自身の作陶をつないでいます。
English 5%
Charcoal becomes ash.
Ash becomes glaze.
The vessel returns to the restaurant and carries the food.
Nothing is wasted. Everything continues.



