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  • 【フランス活動記③・2023年】Japan Expo Sud、初めての十割蕎麦打ち実演

    【フランス活動記③・2023年】Japan Expo Sud、初めての十割蕎麦打ち実演

    2023年、初めてフランスへ渡り、マルセイユのSakura Bentoで蕎麦打ちワークショップを行った。

    霧下蕎麦本家の地粉と小麦を合わせた二八蕎麦。

    夢だったフランスでの蕎麦打ちは実現した。けれど、心の中に残ったのは、小さな違和感だった。

    フランスまで来たのに、日本から持ってきた蕎麦粉で打っていた。

    「違うな。ここで打つなら、その土地の蕎麦粉と、その土地の水でやるべきだった」

    フランスの大地で育った蕎麦を、フランスの水で十割にする。

    それが、私が本当にやりたかった仕事だった。

    その初めての旅は、Sakura Bentoだけでは終わらなかった。

    私とオスギは、Japan Expo Sudへ向かった。

    今度は、フランス産蕎麦粉100%とフランスの水で、十割蕎麦を打つために。

    夫婦二人で、初めて海を渡る

    亀戸の団地の下にある、小さな蕎麦屋。

    夫婦二人で営む店を離れ、初めて二人でフランスへ向かう飛行機に乗った。

    私が蕎麦を打つ。

    オスギが、言葉と人をつなぐ。

    私のフランスでの仕事は、いつもこの二人から始まる。

    けれど、二人だけではJapan Expo Sudの舞台には立てなかった。

    マルセイユで待っていてくれた仲間たちがいた。

    France Japon Connexionの皆さん、Sakura Bentoで出会った皆さん、そして現地で力を貸してくれた一人ひとり。

    食卓を囲み、言葉を交わし、準備を重ねた。

    国も言葉も違う。それでも、料理の前では同じ方向を向くことができた。

    オスギがつないだ、フランスと日本

    会場では、蕎麦を打つことだけが仕事ではなかった。

    道具を整える。進行を確認する。現地の方へ説明する。集まった人たちの言葉を受け取る。

    その真ん中に、いつもオスギがいた。

    私は粉と水に向かう。

    オスギは、人と人に向かう。

    彼女がフランス語と日本語の間に立ち、私の手仕事に言葉を与えてくれた。

    だから、これは一人の料理人の海外挑戦ではない。

    亀戸の小さな蕎麦屋を営む夫婦二人と、マルセイユの仲間たちが一緒につくった仕事だ。

    Japan Expo Sudで、フランスの十割蕎麦を打つ

    会場のブースに、蕎麦打ち台を置いた。

    亀戸から持ってきた前掛けを掲げ、フランス産の蕎麦粉をふるい、フランスの水を回す。

    つなぎの小麦粉は入れない。

    フランス産蕎麦粉100%の十割蕎麦。

    Sakura Bentoのワークショップで感じた違和感に、同じ初年度のJapan Expo Sudで答えを出した。

    最初は数人だった人の輪が、少しずつ大きくなっていった。

    子どもも、大人も、初めて見る日本の手仕事をじっと見つめていた。

    機械を使えば、もっと早く、もっと均一に作ることができる。

    それでも私は、手で水を回し、手でまとめ、延し、切る。

    非効率を受け入れるところに、職人の仕事がある。

    蕎麦打ちは、言葉がなくても伝わる。

    フランスの粉と水が一つになり、一枚の生地になり、細い麺へ変わっていく。

    その変化を目の前で見てもらうこと自体が、日本文化を運ぶことなのだと思った。

    Sakuraステージへ

    そして、Japan Expo SudのSakuraステージに立った。

    目の前には、マルセイユの大勢の観客。

    背後の大きな画面には、亀戸の小さな店と、私の手元が映し出されていた。

    東京・亀戸で毎朝繰り返している蕎麦打ちが、海を越え、フランスの大舞台につながった。

    特別な技を見せようとは思わなかった。

    いつも店で打っているように、粉を見て、水を感じ、手を動かした。

    ただ、その日だけは、私の手の中に亀戸で積み重ねた技術と、マルセイユの大地と水があった。

    蕎麦は、言葉を越えた

    実演が終わったあと、残ったのは達成感だけではなかった。

    人が集まり、笑い、質問し、写真を撮り、また会おうと言ってくれた。

    蕎麦は、ただ食べるための麺ではなかった。

    人と人を近づける言葉になっていた。

    2023年、Sakura Bentoで感じた「違うな」は、間違いではなかった。

    二八蕎麦から始まった初年度の旅は、2023年、Japan Expo Sudでのフランス十割蕎麦へ進んだ。

    日本から蕎麦を運ぶのではない。

    日本で身につけた技術を運び、その土地の素材で蕎麦を打つ。

    フランスの大地で育った蕎麦を、フランスの水で十割にする。

    その土地の蕎麦を、その土地の水と空気の中で打つ。

    私が「地蕎麦」と呼ぶ仕事が、ここから始まった。

    感謝

    Japan Expo Sudで私たちを迎え、支え、一緒に舞台をつくってくださったマルセイユの皆さんへ。

    心から感謝します。

    私が蕎麦を打ち、オスギが人をつなぎ、皆さんが居場所をつくってくれました。

    一人では、ここまで来られませんでした。

    Merci Marseille. Merci à toute la famille.

    Le soba a dépassé les mots et nous a réunis. Ensemble.

  • 【フランス活動記②】最初は二八だった。Sakura Bentoで気づいた「違うな」

    【フランス活動記②】最初は二八だった。Sakura Bentoで気づいた「違うな」

    東京・亀戸「鍋蕎麦料理 高の」。
    夫婦二人で営む、小さな十割手打ち蕎麦店です。

    コロナ禍の中で、私は一つの夢を決めました。

    フランスで蕎麦を打つ。

    その夢が初めて現実になった場所が、マルセイユの Sakura Bento でした。

    夫婦二人で、マルセイユへ

    蕎麦打ちの道具と白衣を荷物に詰め、オスギと二人で海を渡りました。

    知らない街。聞き慣れない言葉。
    それでも、Sakura Bentoの扉の向こうには、蕎麦を打ってみたいという人たちが待っていました。

    店内には日本の提灯や達磨、鯉のぼりが飾られています。長いテーブルを囲み、参加者の皆さんが一斉に鉢へ手を入れました。

    粉に水を含ませる。
    こねる。延す。切る。

    言葉が十分に通じなくても、同じ粉に触れれば、手の動きで伝わることがあります。

    亀戸の小さな蕎麦屋で続けてきた仕事が、マルセイユで人と人をつなぎ始めた瞬間でした。

    最初に打ったのは、二八蕎麦

    このとき使用したのは、霧下蕎麦本家の地粉と小麦です。

    配合は、蕎麦粉八割、小麦粉二割の二八蕎麦。

    日本から持っていった粉と、これまで培ってきた技術で蕎麦を打つ。参加者の皆さんと一緒に蕎麦を作り、フランスで蕎麦打ち教室を開くという最初の目標は実現しました。

    うれしかった。
    夢の入口には、確かに立てたと思います。

    けれど、心の中に小さな違和感が残りました。

    「違うな」と思った

    フランスまで来て、日本の粉と日本の方法で蕎麦を打つ。

    それは、日本の蕎麦を紹介する仕事としては間違っていません。

    しかし、私が本当にやりたかったことは、これなのだろうか。

    その土地で育った蕎麦を、
    その土地の水で打ち、
    その土地の人と一緒に食べる。

    日本の蕎麦をそのまま運ぶのではなく、フランスの大地からフランスの蕎麦を生み出す。

    私は、それをやりたいのだと気づきました。

    最初のSakura Bentoでの蕎麦打ちは、成功であると同時に、次の課題を教えてくれた一日でした。

    二八から、フランスの十割へ

    1年目に感じた「違うな」が、2年目の目標を決めました。

    フランス産蕎麦粉100%。
    現地の水100%。
    つなぎを使わない十割蕎麦。

    日本の材料を持ち込んで再現するのではない。

    フランスの粉、水、空気の中で蕎麦を打つ。
    それを私は、フランスの「地蕎麦」と考えるようになりました。

    最初から答えが分かっていたわけではありません。

    まず二八蕎麦を打ったからこそ、自分の目指す場所が見えました。

    Sakura Bentoは、夢が実現した場所であり、私の考える「地蕎麦」が始まった場所でもあります。

    夫婦二人の旅

    私が蕎麦を打ち、オスギが人と人をつなぐ。

    これは、一人の料理人の海外挑戦ではありません。

    亀戸で夫婦二人が営む小さな蕎麦屋が、マルセイユの人たちと出会い、少しずつ家族を増やしていく物語です。

    あの日、Sakura Bentoで一緒に粉へ触れた皆さんとの時間が、次の年へつながりました。

    次は、日本の粉を持っていく旅ではありません。

    フランスの大地で育った蕎麦を、フランスの水で十割にする旅です。

    À Marseille, j’ai compris ce que je voulais vraiment faire.
    Créer un soba né de la terre française. Ensemble.

    前の話

    【フランス活動記①】コロナ禍で決めた夢。なぜ私はフランスで十割蕎麦を打つのか

    次の話

    【フランス活動記③】Japan Expo Sud、初めての十割蕎麦打ち実演

  • 【フランス活動記①】コロナ禍で決めた夢。なぜ私はフランスで十割蕎麦を打つのか

    【フランス活動記①】コロナ禍で決めた夢。なぜ私はフランスで十割蕎麦を打つのか

    東京・亀戸「鍋蕎麦料理 高の」。

    夫婦二人で営む、小さな十割手打ち蕎麦店です。

    私がフランスを目指すようになったのは、コロナ禍の中でした。

    店を思うように開けられない日々。

    先が見えない中で、もう一度店を開けられる日が来たら、高のをどんな店にしたいのか。自分は何者として生きていきたいのか。

    私は、それを考えました。

    「飲み屋」から「蕎麦屋」へ

    それまでの高のは、お酒と料理を楽しむ店として知られていました。

    しかし、私が本当に残したかったものは、それだけではありませんでした。

    高のの認知を「飲み屋」から「蕎麦屋」へ変える。

    夜を中心にしていた営業時間を朝へ移し、毎朝、十割蕎麦を打つ。

    蕎麦を店の真ん中に置き、自分の仕事をもう一度つくり直す。

    コロナ禍で店が止まった時間は、私にとって、自分の料理人人生を考え直す時間になりました。

    日本人の料理人と呼ばれたい

    私は、ただ「蕎麦を打つ人」と呼ばれたいわけではありません。

    「日本人の料理人」と呼ばれたい。

    十割蕎麦も、護摩蕎麦も、出汁も、呉汁も、鉄鍋も、鶏の素揚げも、すべて私が考える日本料理です。

    では、その料理が日本の外へ出たときにも通用するのか。

    食の国・フランスで認められれば、自分が続けてきた料理が、日本料理として世界に届くかもしれない。

    食のフランスで一旗あげたい。

    それが、店を再び開けるときに掲げた目標であり、私の夢になりました。

    日本から蕎麦を持っていくのではない

    私がやりたかったのは、日本の蕎麦粉をフランスへ運んで、日本と同じ蕎麦を再現することではありません。

    フランスで育った蕎麦を、フランスの水で打つ。

    その土地の粉、その土地の水、その土地の空気の中で十割蕎麦を作り、その土地の人と一緒に食べる。

    それが、私の考える「地蕎麦」です。

    十割蕎麦は、日本だけの材料でなければ作れないものではありません。

    土地が変われば、香りも、水も、蕎麦の表情も変わる。

    その違いを受け入れて、フランスの大地の味を十割蕎麦にすることに意味があると考えました。

    パンの国なら、蕎麦の心も伝わる

    フランスでは、パンは単なる食べ物ではありません。

    小麦と水から作られ、土地や暮らしとともにある文化です。

    蕎麦も同じです。

    粉と水だけの簡素な料理だからこそ、素材、土地、作り手の技術が表れます。

    パンを文化として大切にする人たちなら、十割蕎麦の心も理解してくれるのではないか。

    私はそう信じて、フランスを選びました。

    夢は、マルセイユからディジョンへ

    最初は、コロナ禍の中で思い描いただけの夢でした。

    その夢がマルセイユへつながり、Sakura Bentoでのワークショップ、Japan Expo Sudでの蕎麦打ち、Robato Marseilleでの護摩蕎麦へと、一つずつ現実になっていきました。

    そして今、次に目指しているのはディジョンです。

    マルセイユで出会った仲間たちとともに、フランスの食文化の中へ、十割蕎麦と高のの料理を届けたい。

    量の勝負ではありません。

    料理人として、日本の食文化を運ぶ。

    コロナ禍で掲げた目標は、今も終わっていません。

    あのとき描いた夢の、まだ途中にいます。


    次回
    【フランス活動記②】Sakura Bentoで初めて開いた、十割蕎麦打ちワークショップ

    フランス産蕎麦粉と現地の水で、人々と一緒に蕎麦を打った最初の日を記します。

    店舗情報・公式ブログ
    https://sobatakano.art.blog/

  • ブログ原稿|炭は灰になって、また生きる。

    ブログ原稿|炭は灰になって、また生きる。

    タイトル

    炭は灰になって、また生きる。蕎麦屋の店主がつくる器|甲和焼 芝窯

    本文

    料理人の仕事は、厨房の中だけではありません。

    何を見て、何に触れ、休日に何をしているのか。
    その人の生活は、少しずつ料理に現れます。

    私は蕎麦を打ち、料理をつくる仕事をしています。
    そして、ときどき土に触れます。

    昨日は、東京・小岩にある「甲和焼 芝窯(こうわやき・れいしょう)」で陶芸をしてきました。

    ろくろの上で土を挽き、手のひらで形を探していく。

    少し力を入れれば曲がり、迷えば形にも迷いが出る。
    蕎麦打ちとは違うようで、よく似ています。

    粉も、土も、こちらの都合だけでは動いてくれません。

    その日の水分、温度、手の力。
    素材の声を聞きながら、形になる場所を探します。

    今回つくったのは、高ので使うための器です。

    一つずつ大きさも、丸みも、ろくろの跡も違います。
    きれいに揃えることより、料理を受け止める器であることを大切にしました。

    器の内側や外側には、自分の印も残しました。

    まだ焼成前の、土の姿です。
    ここから火をくぐり、器になります。

    店で使った炭を、器の色にする

    高のでは、料理に炭を使います。

    火をつくり、食材を焼き、料理を支えた炭は、最後に灰になります。

    普通なら、そこで役目は終わりです。

    けれど私は、その灰を捨てずに集めています。

    店で使った炭から出た灰を、器の釉薬に使うためです。

    灰は、焼成の中で土と火に出会い、器の色と表情になります。

    どのような色になるのか。
    どこに流れ、どこに留まるのか。

    すべてを思いどおりにはできません。

    だから面白い。

    料理を支えた炭が、灰になり、今度は料理を盛る器になる。

    炭は灰になって、また生きる。

    料理は、器の上だけで始まるのではない

    私は、料理とは皿の上に盛りつけた瞬間だけを指すものではないと思っています。

    蕎麦の実が育った土地。
    粉を挽くこと。
    水を回すこと。
    火を扱うこと。
    そして、その料理を受け止める器。

    すべてがつながって、一つの料理になります。

    器を自分でつくるのは、器用さを見せたいからではありません。

    自分の料理が、どのような器に盛られたいのか。
    それを自分の手で確かめたいからです。

    料理人が土に触れる。
    蕎麦を打つ手が、ろくろの上で土を挽く。
    店の炭が、灰釉となって器の色になる。

    非効率です。

    けれど、高のは、その非効率を大切にしています。

    東京の土から生まれた甲和焼

    甲和焼は、東京・江戸川区小岩の土から生まれた焼き物です。

    小岩の旧地名「甲和里」にちなみ、土地の土を「甲和土」、そこから生まれた焼き物を「甲和焼」と名づけたそうです。

    もともと東京の土は耐火力が弱く、焼き物には向かないとされていました。
    甲和焼は、土の精製や焼成方法を工夫し、長年の研究によって生まれました。

    向いていないといわれた素材と向き合い、土地のものを、その土地の作品にする。

    その姿勢にも、私は惹かれています。

    高のが大切にするのも、素材を別のものに見せることではありません。

    蕎麦は、蕎麦らしく。
    土は、土らしく。
    灰は、灰の記憶を残したまま。

    完成した器には、高のの料理を盛ります。

    その日、炭は本当に、もう一度生き始めます。

    SOBA TAKANO
    鍋蕎麦料理 高の
    高野定義

    Q&A

    Q. 甲和焼とは何ですか?

    東京・江戸川区小岩の土を生かして生まれた焼き物です。小岩の旧地名「甲和里」にちなみ、土地の土を「甲和土」、工房で制作される作品を「甲和焼」と呼びます。

    Q. 灰釉とは何ですか?

    植物や木炭などから出た灰を原料に用いる釉薬です。焼成によって土や火と反応し、器に色や艶、流れなどの表情を生みます。

    Q. なぜ蕎麦屋の店主が器をつくるのですか?

    料理を受け止める器まで、料理の一部だと考えているからです。高野定義は、店で使った炭の灰を器の釉薬に生かし、店の仕事と自身の作陶をつないでいます。

    English 5%

    Charcoal becomes ash.
    Ash becomes glaze.
    The vessel returns to the restaurant and carries the food.

    Nothing is wasted. Everything continues.

  • 高のが、小麦を手打ちした。——料理とは、好奇心 寝るなときめきよ

    高のが、小麦を手打ちした。——料理とは、好奇心 寝るなときめきよ

    高のが、小麦を手打ちした。

    打ちたかったから。
    職人だもん。

    眠るな、ときめき。

    その好奇心は、職人にとって当然。
    高のにとって普通であり、必然でした。

    小麦は、国産小麦100%。
    技術は、十割蕎麦で培った手打ち。
    つゆは、日本の出汁と蕎麦屋の返し。
    料理の軸は、2013年から向き合ってきた郷土料理「呉汁」。

    高のが歩いてきた料理の道を、そのまま小麦まで進めた。
    すべてが高のの中に、すでにありました。

    料理とは、理を料ること。

    高のの理を一杯にすれば、こうなる。

    その料理を「小麦蕎麦」と名づけました。

    料理とは、理を料ること

    「料理」とは、理を料ること。

    食材の理。
    季節の理。
    土地の理。
    身体の理。
    そして、自分が歩いてきた道の理。

    食材を前にして、その理由を読み、最もふさわしい形へ整える。
    高のにとって、料理とはそういう仕事です。

    では、十割蕎麦職人がラーメンを料理するなら、どうなるのか。

    麺は、国産小麦を自分の手で打つ。
    つゆは、鰹、昆布、干椎茸の出汁と、蕎麦屋として守ってきた返しから作る。
    料理の中心には、日本の郷土料理「呉汁」を置く。

    これが、高のの理です。

    高のが歩いてきた道を、そのまま一杯の中で料理した形です。

    なぜ、国産小麦なのか

    ラーメンが日本で育ち、日本人の暮らしに根づいた和食であるなら、高のは日本の小麦から始めます。

    使うのは、国産小麦100%。

    春よ恋、農林61号、熊本県産の全粒粉。
    それぞれの香り、甘み、強さを見ながら配合し、水を廻します。

    水廻し、こね、延し、切り。
    十割蕎麦で培った感覚を、そのまま小麦へ向ける。

    手が心地よいと感じるところまで水を入れ、あとから測ると加水率は55%でした。

    その日の粉と水の間にある違和感を探り、小麦が心地よい場所へ連れていく。
    それが手打ちであり、職人の仕事です。

    国産小麦を使い、自分の手で打つ。
    高のが日本料理を作るための、当然の選択です。

    なぜ、呉汁なのか

    高のなら、呉汁は必然です。

    呉汁とは、水に浸した大豆をすりつぶした「呉」を、出汁や味噌で仕立てる日本の郷土料理です。

    大豆を食べ、身体を養い、土地の食材を無駄なく生かす。
    そこには、日本人が暮らしの中で受け継いできた知恵があります。

    高のでは、2013年から大豆の呉と蕎麦を料理してきました。

    大豆の茹で汁に、鰹と昆布の出汁。
    自家製の江戸甘味噌。
    そこへ蕎麦を合わせたことが、高のと呉汁の始まりでした。

    その呉汁が胡麻と出会い、2014年、名代「護摩蕎麦」へとつながりました。

    だから、小麦蕎麦の軸も呉汁です。
    2013年から続く一本の道を、そのまま小麦まで進んできました。

    蕎麦もラーメンも、出発点は呉汁。

    二刀流になっても、高のの軸は一つです。

    高ののラーメンは、日本料理

    国産小麦を、蕎麦職人が手打ちする。

    鰹、昆布、干椎茸の出汁に、蕎麦屋の返しを合わせる。
    大豆の呉を、日本料理の中心に据える。

    高のがラーメンを料理すれば、こうなる。
    国産小麦、日本の出汁、蕎麦屋の返し、郷土料理の呉汁。

    すべてが、高のの歩いてきた道の上にあります。

    だから、その名前を「小麦蕎麦」としました。

    入口の言葉は「蕎麦屋のラーメン」。
    料理の名前は「小麦蕎麦」。

    十割蕎麦職人が、蕎麦打ちの技術と日本料理の理で作る、もう一つの手打ちです。

    夏の呉汁を、小麦蕎麦と

    今回の夏の呉汁に使うのは、新潟県柿崎産の枝豆です。

    オスギさんのお母さんが育て、届けてくれた夏の味。

    土地から届いた枝豆をすりつぶし、蕎麦つゆと合わせ、冷たい「夏の呉汁=まめつゆ」に仕立てます。

    温かい一つ目のつゆは、鰹、昆布、干椎茸の蕎麦出汁。
    冷たい二つ目のつゆは、枝豆の呉汁。

    一つの手打ち小麦蕎麦を、二つの温度、二つのつゆで味わう。

    冷たい枝豆の呉汁で、ズズズ。
    熱々の蕎麦出汁で、ふうふう。

    枝豆は夏の理。
    冷たい呉汁は季節の理。
    熱々の蕎麦出汁は、鍋蕎麦屋としての理。

    すべてに理由があります。

    料理とは、理を料ること。
    夏の小麦蕎麦もまた、高のの理から生まれた料理です。

    なぜ、二刀流なのか

    蕎麦とラーメン。

    言葉だけを見れば、別の料理です。
    しかし、高のにとっては、どちらも同じ手から生まれます。

    粉を見て、水を廻す。
    手の中の違和感を探り、こね、延し、切る。
    出汁を引き、返しを合わせ、季節と身体を考えて一杯を組み立てる。

    蕎麦を打つ日も、小麦を打つ日も、高のがしていることは料理です。

    二刀流とは、一つの理を、蕎麦と小麦、二つの手打ちで表すことです。

    職人にとって、手で確かめることは当然。
    高のにとって、蕎麦もラーメンも手打ちすることは普通。
    そして、呉汁を軸に日本料理として仕立てることは必然です。

    日本料理を愛する、一人として

    私は、日本料理を愛する日本人の一人でありたいと思っています。

    昔から受け継がれてきた料理を知り、自分の手で作り、次の人へ渡していく。

    土地の食材を大切にする。
    季節を料理する。
    食べる人の身体を思う。
    守るだけではなく、自分の手を通し、今の料理として次へつなぐ。

    呉汁を護摩蕎麦へ。
    護摩蕎麦から、小麦蕎麦へ。

    形が変わっても、理は変わりません。

    変わったのは、蕎麦粉か小麦粉か。
    変わらないのは、手打ちと日本料理です。

    高のは、毎週火曜日、この小麦蕎麦を楽しみながら育てていきます。

    これが、高のの日本料理。
    これが、高のの理です。

    職人の好奇心を、眠らせない。

    眠るな、ときめき。

    SOBA & RAMEN — Two skills, one path.

    火曜日の小麦蕎麦

    ● 毎週火曜日

    ● 9:00〜13:00

    ● 限定30食

    ● 2,200円

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の

  • 護摩蕎麦は、なぜ養生料理なのか数字で見るスマートミール二つ星と「高の」の根拠

    護摩蕎麦は、なぜ養生料理なのか数字で見るスマートミール二つ星と「高の」の根拠

    東京・亀戸。

    団地の下に、夫婦二人で営む小さな蕎麦屋があります。

    大きな厨房はありません。
    管理栄養士を置く企業でも、病院でも、学校でもありません。

    毎朝、店主が十割蕎麦を打つ。
    妻と二人で仕込み、料理を運び、食後まで見届ける。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高のです。

    高のがスマートミール二つ星認証を求めた理由は、「健康的な店」と宣伝するためだけではありませんでした。

    自分たちが14年間続けてきたものが、単なる調理ではなく、身体を養う「料理」であること。

    そして、蕎麦屋を一緒に守ってきた妻の仕事が、店主の思い込みではなく、社会の基準でも認められること。

    その証が欲しかったのです。

    全国537事業者の中で

    スマートミールの公式発表によると、2025年8月時点の認証事業者は、全国で537あります。

    給食部門 345事業者 約64.2%
    外食部門 103事業者 約19.2%
    中食部門 89事業者 約16.6%

    最も多いのは、社員食堂、病院、学校などの給食部門です。

    これらの施設には、管理栄養士や栄養士、給食会社など、献立を数値で管理するための専門的な体制があります。

    一方、外食部門は全国で103事業者。
    全体の約5分の1です。

    東京都で現在公開されている外食認証店は、わずか6店舗。

    その中に、亀戸養生料理 高のがあります。

    全国約2万5,000軒の「そば・うどん店」

    総務省「令和3年経済センサス」によれば、日本国内の「そば・うどん店」は24,982事業所あります。

    ただし、この統計は蕎麦店とうどん店を分けた数字ではありません。

    その約2万5,000軒という大きな業界の中で、スマートミールの外食認証店として公式に掲載され、蕎麦専門店として確認できるのが、亀戸養生料理 高のです。

    「全国で唯一の個人店」とは断定できません。

    しかし、全国103の外食認証事業者、東京都6店舗という狭い入口に、東京下町、亀戸の団地の下にある小さな蕎麦屋が入っている。

    その事実だけでも、十分に重い数字だと考えています。

    蕎麦だけでは取れない認証

    スマートミールは、一皿の蕎麦を評価する制度ではありません。

    主食、主菜、副菜をそろえ、エネルギー量、PFCバランス、野菜量、食塩量を、一食全体で同時に整えなければなりません。

    たんぱく質 総エネルギーの13〜20%
    脂質    20〜30%
    炭水化物  50〜65%
    野菜など  140グラム以上
    食塩    基準に応じて3.0グラム未満、または3.5グラム未満
    エネルギー 450〜650kcal未満、または650〜850kcal

    蕎麦は主食です。

    天ぷらや肉を加えれば、たんぱく質を補うことはできます。

    しかし、脂質や塩分が増えやすい。

    副菜を増やすだけでは、全体のエネルギーとPFCバランスが崩れることもあります。

    主菜、副菜を横に並べれば取れる認証ではありません。

    一皿を作る技術ではなく、一食を料理する思想が必要なのです。

    護摩蕎麦には、最初から「一食」があった

    護摩蕎麦の中心にあるのは、殻ごと挽いた十割蕎麦です。

    そこに、大豆の呉、黒胡麻、出汁、野菜、肉や魚、玄米、卵がつながります。

    蕎麦を食べて終わりではありません。

    食後には、残った呉汁と玄米、卵を合わせる。

    温度、量、食べる順序まで含めて、身体を養う一食として完成させる。

    高のは、スマートミールを取得するために、主菜や副菜を後から付け足したのではありません。

    2012年から続けてきた養生料理を数値で測ったとき、その中にスマートミールの基準が存在していたのです。

    基準が護摩蕎麦を作ったのではない。

    護摩蕎麦を数字で測ったとき、養生料理としての根拠が現れた。

    調理ではなく、料理をしている証

    調理とは、食材を切り、加熱し、食べられる形にすることです。

    しかし、料理はそれだけではありません。

    誰に、何を、どのくらい、どの順番で食べてもらうのか。

    食べ終えた人の身体まで考えて、一食を組み立てる。

    日本料理とは、「理を料る」こと。

    高のにとってスマートミール二つ星は、料理が上手だという賞ではありません。

    夫婦二人が小さな店で続けてきた仕事が、感覚だけではなく、現代栄養学と食環境の基準によっても確認された証です。

    妻への恩返し

    護摩蕎麦も、養生料理も、店主一人で作ったものではありません。

    仕込みをし、料理を支え、毎日の店を守ってきた妻がいる。

    夫婦二人で続けてきた食事が、十二の学協会による審査を経て、スマートミール二つ星として認められた。

    その認証書に残るのは、店主一人の仕事ではありません。

    二人で続けてきた時間です。

    だから、これは妻への恩返しでもあります。

    未来の個人店を目指す料理人へ

    これから小さな店を持とうとする料理人に、伝えたいことがあります。

    大きな企業でなくてもいい。

    立派な厨房がなくてもいい。

    管理部門や商品開発チームがなくてもいい。

    目の前の一人の身体を考え、一皿ではなく一食を料理し続ければ、その仕事は社会的な根拠を持つことができます。

    スマートミールは、高のを養生料理の店にしたのではありません。

    高のが積み重ねてきた養生料理の一部を、社会に見える形にしてくれました。

    養生料理は、高のの思想。

    スマートミールは、その実践を社会へ伝える客観的な証明。

    東京下町、亀戸。

    団地の下の小さな店からでも、料理の価値は証明できる。

    それを、妻へ。

    そして、未来の小さな店を目指す料理人へ残したい。

    参考資料

    「健康な食事・食環境」認証制度
    https://smartmeal.jp/cn4/pg3462.html

    スマートミール外食認証店舗
    https://smartmeal.jp/cn4/pg2241.html

    総務省統計局「飲食店の数」
    https://www.stat.go.jp/library/faq/faq06/faq06a03.html

  • What Is NABESOBA?

    What Is NABESOBA?

    A Japanese Dining Style Defined by SOBA TAKANO

    Published by: SOBA TAKANO, Kameido, Tokyo
    Japanese name: 鍋蕎麦(NABESOBA)
    Suggested slug: what-is-nabesoba-soba-takano
    Suggested category: NABESOBA / SOBA TAKANO

    Excerpt

    NABESOBA is more than soba served in a hot pot. At SOBA TAKANO in Kameido, Tokyo, it is a complete Japanese dining style built around handmade noodles, hot dashi, seasonal ingredients and the wisdom of yōjō cuisine.


    NABESOBA Is More Than Hot-Pot Soba

    NABESOBA is not simply soba served in a hot pot.

    At SOBA TAKANO, NABESOBA means a complete Japanese dining style built around handmade noodles, hot dashi and the changing seasons.

    The noodles are not treated as a single dish. The broth, the pot, the ingredients, the serving order and the final bowl are designed as one complete meal.

    Handmade noodles. Hot Japanese dashi. One complete meal.

    This is NABESOBA.

    Born in Kameido, Tokyo

    SOBA TAKANO has been a small, family-run restaurant beneath a residential complex in Kameido since 2012.

    We make our noodles by hand and prepare our food through the knowledge accumulated in a working soba restaurant: buckwheat, water, dashi and kaeshi—the seasoned soy base traditionally used by soba makers.

    Our purpose has always been simple:

    To serve handmade soba warm, and keep it delicious until the final bite.

    The iron pot is not decoration. It protects the temperature of the dashi and allows the noodles, broth and other ingredients to become one continuous meal.

    That is how our NABESOBA style developed.

    The Philosophy of Yōjō Cuisine

    Our restaurant’s full Japanese name is Kameido Yōjō Ryōri Nabe Sobaya Takano—亀戸養生料理鍋蕎麦屋高の.

    Yōjō does not simply mean “healthy food.”

    It is the traditional Japanese wisdom of caring for life through the way we eat. At SOBA TAKANO, yōjō cuisine means considering balance, season, warmth, nourishment and the complete flow of a meal.

    We did not create only one dish.

    We designed one complete meal.

    NABESOBA is the form. Yōjō cuisine is the philosophy within it.

    Buckwheat Soba and Wheat Soba

    On most days, we make juwari soba: noodles made from 100% buckwheat flour and water.

    On Tuesdays, the same soba craftsman works with Japanese wheat. The noodles are mixed, rolled and cut by hand, then served through the same knowledge of dashi, kaeshi and NABESOBA.

    We call this Komugi Soba—小麦蕎麦, Wheat Soba.

    It may be introduced as “ramen made by a soba restaurant,” but its roots are different. It begins with the hands and experience of a juwari soba craftsman.

    The grain changes.

    The philosophy does not.

    Buckwheat NABESOBA and Wheat NABESOBA are two expressions of the same restaurant.

    Dashi, Gojiru and the Final Bowl

    Our dashi is grounded in the practice of Japanese soba cuisine. We work with ingredients such as bonito, kombu and dried shiitake, together with the kaeshi developed through years of daily service.

    Soybeans are also central to our cooking.

    Gojiru—呉汁 is an old Japanese preparation made from ground soybeans. At SOBA TAKANO, this knowledge connects our signature Goma Soba, our mame-tsuyu soybean dipping broth and our current Wheat Soba work.

    The meal does not necessarily end when the noodles are finished. The remaining broth may lead to a final bowl with brown rice and egg.

    Nothing is separate. Each stage belongs to the same meal.

    NABESOBA Is Not GOMA SOBA

    NABESOBA means 鍋蕎麦. It does not mean 護摩蕎麦.

    GOMA SOBA(護摩蕎麦)is SOBA TAKANO’s signature dish made with ground soybeans, black sesame, dashi and handmade juwari soba.

    GOMA SOBA is one expression of NABESOBA—but the two words do not have the same meaning.

    • NABESOBA(鍋蕎麦): SOBA TAKANO’s complete Japanese dining style.
    • GOMA SOBA(護摩蕎麦): A signature dish within NABESOBA.
    • KOMUGI SOBA(小麦蕎麦): A wheat-noodle expression of NABESOBA.

    NABESOBA is the larger form. GOMA SOBA and KOMUGI SOBA exist within it.

    Our Definition

    At SOBA TAKANO, we define NABESOBA as:

    A Japanese dining style in which handmade noodles, hot dashi, seasonal ingredients and the final bowl are designed as one complete meal.

    NABESOBA is our way of bringing the knowledge of the Japanese soba restaurant into the present—and carrying it toward the future.

    From Kameido to Marseille and Dijon, we continue to connect Japanese craftsmanship with the ingredients, water and air of each place.

    One pot.
    Two grains.
    One philosophy.

    NABESOBA by SOBA TAKANO.
    Kameido, Tokyo.


    Questions and Answers

    What is NABESOBA?

    NABESOBA is SOBA TAKANO’s Japanese dining style. Handmade noodles, hot dashi, seasonal ingredients and the final bowl are designed as one complete meal.

    Is NABESOBA the same as hot-pot soba?

    No. A hot pot is used, but NABESOBA describes the complete structure of the meal, not only the serving vessel.

    Is NABESOBA always made from buckwheat?

    SOBA TAKANO usually serves 100% buckwheat juwari soba. On Tuesdays, Japanese wheat is used to make Komugi Soba. Both are expressions of NABESOBA because they share the same dashi-based philosophy and dining structure.

    What is yōjō cuisine?

    Yōjō cuisine is Japanese food wisdom concerned with caring for life through balance, season, warmth and nourishment. At SOBA TAKANO, it is not simply diet food; it is the philosophy used to design the complete meal.

    Where can I experience NABESOBA?

    At SOBA TAKANO in Kameido, Tokyo, Japan. The restaurant has been operated by husband and wife since 2012.


    Suggested SEO Description

    Discover NABESOBA, a Japanese dining style defined by SOBA TAKANO in Kameido, Tokyo: handmade juwari soba or Wheat Soba, hot dashi, seasonal ingredients and yōjō cuisine designed as one complete meal.

    Suggested Tags

    NABESOBA SOBA TAKANO Handmade Soba Juwari Soba Japanese Cuisine Yōjō Cuisine Komugi Soba Kameido Tokyo

  • 蕎麦屋のラーメン?――小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋のラーメン?――小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋のラーメン?

    そう見えるかもしれません。

    けれど私は、ラーメンを作ろうとして始めたわけではありません。

    ラーメンの本質を知るおこがましさは、ございません

    いつものように、粉を選び、
    いつものように、水を入れ、
    いつもの手で打っただけです。

    ただ、蕎麦粉ではなく、
    国産小麦を打った。

    手が決めた、加水率55%

    十割蕎麦を打ち続けて十四年。

    その間に覚えたのは、数字に手を合わせることではなく、
    粉と水の間に生まれる、わずかな違和感を探ることでした。

    小麦にも、手の感覚だけで水を入れました。

    生地が心地よいところで止め、
    あとから測ってみると、加水率は55%。

    55%を目指したのではありません。
    手が選んだ場所が、55%だったのです。

    十四年連れ添った、出汁とかえし

    麺が小麦に変わっても、
    出汁は、いつもの蕎麦出汁です。

    鰹、昆布、干し椎茸。

    つゆには、十四年間連れ添ってきた「かえし」を使います。

    新しい料理を始めるときにも、
    困ったときにも、
    ここへ戻れば安心できる。

    高のにとって、信用のある味です。

    違うのは、新鮮な鶏油を加えること。

    それだけで、いつもの蕎麦出汁に、
    小麦を迎えるための温かさと香りが生まれます。

    出汁を冷まさず、小麦を生かす

    温かい出汁へ、麺を沈めたままにはしません。

    出汁を冷まさず、
    小麦の香りと手打ち麺の食感を生かすため、
    一口ずつ、つけていただく。

    これは、十割蕎麦を最後まで温かく味わうために、
    高のが続けてきた「鍋蕎麦」の様式です。

    ラーメンの食べ方を借りたのではない。

    蕎麦屋が、自分の道具と技術と味をたどったら、
    この形になりました。

    もう一つのつゆ、まめつゆ

    温かい蕎麦出汁と並ぶのは、
    冷たい「まめつゆ」です。

    大豆をすり、蕎麦つゆと合わせる。

    日本の郷土料理「呉汁」から生まれた、
    高ののGODJIRU STYLE。

    温かい一汁と、冷たい一汁。

    二つのつゆを行き来しながら、
    小麦の甘み、香り、余韻を味わっていただきます。

    変わったのは、粉だけ

    出汁も、かえしも、道具も、食べ方も、
    十四年間積み重ねてきた蕎麦屋の仕事です。

    変わったのは、
    蕎麦粉を打ったか、
    小麦を打ったか。

    それだけです。

    だから、これは町蕎麦のラーメンではありません。

    ラーメンと競うための一杯でもありません。

    蕎麦屋がラーメンを真似たのではなく、
    蕎麦打ち職人が、自分の手のまま小麦へ進んだもの。

    小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋が、
    蕎麦の技術と思想で小麦を打つ。

    蕎麦出汁と、十四年のかえし。
    鍋蕎麦の様式と、呉汁から生まれたまめつゆ。

    この一食を、高のは、

    「小麦蕎麦」

    と呼ぶことを、ここに宣言します。

    火曜日だけ、
    蕎麦粉を小麦に持ち替える。

    その先に何があるのかは——

    店で、確かめてください。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高の
    店主 高野定義


    店舗案内

    毎週火曜日 9:00〜13:00
    週に一度・限定30食
    国産小麦100%・棒打ち手打ち・加水率55%
    メニューは、ひとつだけ

    抜粋

    蕎麦屋のラーメン? 十四年間、十割蕎麦を打ってきた手で国産小麦を打つ。蕎麦出汁、十四年のかえし、鍋蕎麦の様式から生まれた一食を、高のは「小麦蕎麦」と宣言します。

    スラッグ

    komugi-soba-declaration

    タグ

    小麦蕎麦、蕎麦屋のラーメン、手打ち麺、加水率55%、蕎麦出汁、かえし、鍋蕎麦、まめつゆ、呉汁、亀戸

  • 養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは

    養生蕎麦とは、日本料理の哲学に基づき、身体に徳する、バランスの取れた一食を目指す新しい蕎麦の方向です。

    更科、藪、田舎などと同じように、蕎麦の考え方と進む方向を示す言葉です。

    まだ歴史が浅く、世間には馴染みがありません。だから今後は、初めて見る人にも意味が伝わるように、その定義を添えて発信していきます。

    「養生蕎麦」を初めて発表した日

    2015年10月22日。

    亀戸養生料理 高のは、公式SNSで初めて「亀戸名物 養生蕎麦 高の」と発表しました。

    投稿に添えた言葉は、

    「常識を超えた美味しさを!」
    「セサミン大量!」

    この日が、高のが自らの蕎麦を「養生蕎麦」と名づけ、世の中へ示した最初の日です。

    2014年に発表した名代護摩蕎麦を代表作として、その料理に流れていた養生の考え方を、蕎麦の新しい方向を示す言葉へと育てたのが「養生蕎麦」です。

    「身体に良い蕎麦」だけではありません

    養生と聞くと、健康食や栄養価の高い蕎麦を思い浮かべるかもしれません。

    しかし、高のが考える養生は、特定の栄養成分だけを強調するものではありません。

    食材には、それ

    養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは

    養生蕎麦とは、日本料理の哲学に基づき、身体に徳する、バランスの取れた一食を目指す新しい蕎麦の方向です。

    更科、藪、田舎などと同じように、蕎麦の考え方と進む方向を示す言葉です。

    まだ歴史が浅く、世間には馴染みがありません。だから今後は、初めて見る人にも意味が伝わるように、その定義を添えて発信していきます。

    「養生蕎麦」を初めて発表した日

    2015年10月22日。

    亀戸養生料理 高のは、公式SNSで初めて「亀戸名物 養生蕎麦 高の」と発表しました。

    投稿に添えた言葉は、

    「常識を超えた美味しさを!」
    「セサミン大量!」

    この日が、高のが自らの蕎麦を「養生蕎麦」と名づけ、世の中へ示した最初の日です。

    2014年に発表した名代護摩蕎麦を代表作として、その料理に流れていた養生の考え方を、蕎麦の新しい方向を示す言葉へと育てたのが「養生蕎麦」です。

    「身体に良い蕎麦」だけではありません

    養生と聞くと、健康食や栄養価の高い蕎麦を思い浮かべるかもしれません。

    しかし、高のが考える養生は、特定の栄養成分だけを強調するものではありません。

    食材には、それぞれの性質と役割があります。

    その理を理解し、味、香り、温度、食感、栄養、食べ方の流れまで整え、食べる人の身体に徳する一食に仕立てる。

    それが、日本料理に受け継がれてきた養生の考え方です。

    一品を作ったのではない。一食を設計した。

    これが、亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高のの料理の姿勢です。

    更科・藪・田舎、そして養生

    更科には、白く上品な蕎麦の美しさがあります。

    藪には、江戸前のつゆと蕎麦を味わう様式があります。

    田舎には、蕎麦の風味を力強く伝える方向があります。

    そして養生蕎麦は、蕎麦だけで完結させず、出汁、大豆、胡麻、季節の食材、食後の締めまでを調和させ、身体を養う一食として考える方向です。

    優劣ではありません。

    どの蕎麦を良しとするか。

    何を大切にして一枚、一椀、一食を仕立てるのか。

    その方向の違いです。

    分かりやすい入口は「韃靼蕎麦ブレンド」

    高のの養生蕎麦を、初めての方に目で見て分かりやすく伝える特徴の一つが、韃靼蕎麦をブレンドした十割蕎麦です。

    殻ごと挽いた蕎麦粉に韃靼蕎麦を重ね、蕎麦の香り、ほろ苦さ、力強さを一枚の中に表します。

    ただし、韃靼蕎麦を使うことだけが養生蕎麦ではありません。

    韃靼ブレンドは、目に見える特徴。養生は、その蕎麦が向かう方向です。

    鍋蕎麦と護摩蕎麦

    高のは2012年、東京・亀戸で、十割蕎麦を温かく、最後まで美味しく召し上がっていただくために、一つの鍋で一食を仕立てる「鍋蕎麦」を始めました。

    2013年には、日本の郷土料理である呉汁の考え方を蕎麦に取り入れました。

    水に浸した大豆をすりつぶした「呉」、出汁、黒胡麻、鉄鍋。

    それらを結び、2014年に「名代護摩蕎麦」を発表しました。

    養生蕎麦は、高のの蕎麦が進む方向です。

    鍋蕎麦は、その考え方を一食として表す蕎麦様式。

    護摩蕎麦は、その代表となる料理です。

    新しい蕎麦の方向を、亀戸から

    養生蕎麦は、長い歴史を持つ更科、藪、田舎のように、すでに広く知られた言葉ではありません。

    だからこそ、料理を作り、言葉で定義し、毎日の仕事で伝え続けていきます。

    殻ごと挽いた蕎麦粉で十割蕎麦を打つ。

    出汁、大豆、胡麻、季節の恵みを生かす。

    蕎麦だけではなく、食べ終わるまでを一食として考える。

    身体に徳する、一食としての蕎麦。

    それが、亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高のの「養生蕎麦」です。

    すべて手作り、手打ち。毎朝限定30食。

    亀戸の団地の下で、夫婦二人で、この新しい蕎麦の方向を育てています。

    GOJIRU STYLE SOBA
    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高の
    代表 高野定義

  • 蕎麦屋のラーメン|和風出汁と手打ち麺、火曜日だけのダブルスープ

    蕎麦屋のラーメン|和風出汁と手打ち麺、火曜日だけのダブルスープ

    火曜日、高のはラーメンを手打ちします。

    なぜ、蕎麦屋がラーメンを作るのか。

    その答えは、麺だけではなく、
    二つの「つゆ」にあります。

    いつもの蕎麦つゆで作るラーメン

    高のが使うのは、砂糖とみりんを合わせた蕎麦用の「かえし」。

    鰹節、干し椎茸、昆布から引く出汁も、普段の蕎麦に使っているものです。

    2012年の開店から14年。
    返しに返し、磨き続けてきた高のの蕎麦つゆ。

    ラーメンのために、まったく別のスープを作ったわけではありません。

    出汁も、かえしも、いつもの蕎麦用。
    違うのは、毎回新しく作る、香りのよい鶏油だけです。

    いつもの蕎麦つゆに、作りたての鶏油を重ねる。
    これが、一つ目の温かいつけ汁です。

    もう一つは、冷たい大豆の「まめつゆ」

    手前の小さな器は、冷たいまめつゆです。

    大豆をすりつぶした「呉」を、蕎麦つゆでのばして仕立てました。

    呉汁は、日本各地に伝わる郷土料理。
    そして大豆は、味噌や醤油とともに、日本料理を支えてきた食材です。

    高のが長く向き合ってきた呉汁の考えを、手打ちラーメンのつけ汁にしました。

    温かい蕎麦つゆと、冷たいまめつゆ

    今回のGOJIRU STYLE RAMENは、二つのつけ汁でいただきます。

    一つは、作りたての鶏油を重ねた温かい蕎麦つゆ。

    もう一つは、大豆の呉から作る冷たいまめつゆ。

    二つを混ぜるのではありません。

    同じ手打ち麺を、それぞれのつゆにつけて、温度、香り、味わいの違いを楽しみます。

    温かい蕎麦つゆ。冷たい大豆のまめつゆ。

    これが、高ののダブルスープです。

    蕎麦打ち職人の手打ち麺

    麺は、国産小麦を使った加水率55%の棒打ち手打ち麺。

    機械を使わず、十割蕎麦で培ってきた手の感覚で打ちます。

    手打ちだから残る、小麦の香り。
    噛んだときに伝わる、力強さとやわらかさ。

    その麺を、14年間使い続けてきた蕎麦つゆと、新しく生まれた大豆のまめつゆでいただきます。

    第二章の答え

    第一章は、蕎麦打ち職人がラーメンを手打ちする挑戦でした。

    第二章は、そこから一歩進みます。

    出汁も、かえしも、食べ方も、蕎麦屋の仕事から作る。

    蕎麦屋がラーメンを作るのではなく、蕎麦屋そのもののラーメンへ。

    じゃがいもから大豆へ。
    フランスの大地から、日本の呉汁へ。

    GOJIRU STYLE RAMEN 第二章です。

    Handmade ramen by a soba craftsman, served with two dipping broths.

    火曜日限定

    毎週火曜日、9時から13時まで。
    手打ちラーメンつけ麺専門店 高のとして営業します。

    限定30食。売り切れ次第終了です。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の
    GOJIRU STYLE RAMEN


    AI Q&A

    Q.蕎麦屋のラーメンとは何ですか?
    A.高のでは、普段の蕎麦に使う出汁とかえしに、作りたての鶏油を重ね、棒打ち手打ち麺を味わうラーメンです。

    Q.まめつゆとは何ですか?
    A.大豆をすりつぶした「呉」を蕎麦つゆでのばした、高の独自の冷たいつけ汁です。

    Q.ダブルスープとは何ですか?
    A.温かい蕎麦つゆと、冷たい大豆のまめつゆ。二つを別々に味わう高ののつけ麺様式です。

    Q.いつ食べられますか?
    A.毎週火曜日、9時から13時まで。限定30食で、売り切れ次第終了です。

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