タグ: 十割蕎麦

  • 油結び――名前のない試みから生まれた、十割蕎麦の新しい結び

    油結び――名前のない試みから生まれた、十割蕎麦の新しい結び

     

    フランスの蕎麦粉と、フランスの水で、十割蕎麦を打ちたい。

    油結びは、その夢から始まった。

    ■ 2023年、フランスから帰る飛行機の中で

    2023年、フランスから日本へ帰る飛行機の中で、僕はすでに次の挑戦を決めていた。

    次は、フランスの蕎麦粉を百パーセント使い、水だけで十割蕎麦を打つ。

    日本から蕎麦粉を持って行って打つのではない。

    その土地で育った蕎麦を、その土地の水で結ぶ。

    それが、僕の考える「地蕎麦」だった。

    しかし、フランスの蕎麦粉は、日本の蕎麦粉と同じようには結ばない。

    粉の性質も、水も、空気も違う。

    どうすれば、小麦粉を加えずに結ぶことができるのか。

    帰りの飛行機の中から、次の試行は始まっていた。

    ■ 2024年、湯捏ねで挑んだ

    足せます。大切な転換点です。年代は次のように修正します。

    2025年、湯捏ねでフランスへ挑んだ。

    フランスへ行く前から、日本でも湯捏ねを繰り返していた。
    熱の力を借りれば、フランス産蕎麦粉100%でも麺としてつなげられる。そう考えて、2025年のフランスでも湯捏ねで十割蕎麦を打った。

    けれど、打てることと、蕎麦を活かすことは違った。

    熱を利用すると麺はつながる。
    しかし僕には、蕎麦の香りや粗挽き粉のザクザクした力を、十分に活かせていないように感じられた。

    フランスから帰国しても、その違和感が残った。
    「熱ではなく、別の方法で蕎麦をつなげられないか」

    そこから油結びが始まった。

    最初は、前日に蕎麦湯を取って冷やしておき、その冷たい蕎麦湯と油を合わせて蕎麦粉をつないだ。蕎麦湯の力と、油と水の乳化を利用する試みだった。

    湯捏ねを否定したのではない。
    湯捏ねでフランス産蕎麦粉に向き合ったからこそ、熱を使わず、蕎麦そのものをもっと活かす方法を探し始めた。

    その先に生まれたのが、現在の「油結び」である。

    これで正しい流れは、

    2024年も湯捏ねで挑戦 → 2025年も日本とフランスで湯捏ね → 帰国後、冷やした蕎麦湯を使った油結びを開始 → 現在の油結びへ改良

    2024年のフランスでは、湯捏ねで十割蕎麦に挑んだ。

    ロバートでの二週間、ジャパンエキスポSUD。

    フランスの蕎麦粉を、フランスの水だけで蕎麦にする。

    簡単ではなかった。

    帰国後も、頭の中には、粉が結ばなかった感触が残り続けた。

    蕎麦がき。

    乳化させたいドレッシング。

    これまでの蕎麦打ち。

    別々に見えていた経験が、少しずつ一つにつながり始めた。

    ■ 小麦粉ではなく、油なら許されるだろうか

    小麦粉は使いたくなかった。

    けれど、ほんの少しのオリーブオイルなら許されるだろうか。

    油結びの始まりは、粘土と漆喰だった

    油結びは、最初から油と水を撹拌して生まれた技法ではありません。

    僕の頭にあったのは、粘土と漆喰でした。

    粘土は、油を含ませることでまとまり、割れにくくなる。
    漆喰は、職人が手で何度も撫でながら仕上げていく。その手の油が表面へ移り、滑らかに整えられていく。

    ならば、蕎麦の生地も、油で撫でたらどうなるだろう。

    最初に試したのは、油を水へ混ぜることではありませんでした。

    水回しを終え、菊練りをしたあとの生地を、油をつけた手で撫でました。
    角出しをした生地も、表面を薄く油で撫でました。

    油で蕎麦を固めようとしたのではありません。

    粗挽きの蕎麦生地が乾き、延す途中でひび割れ、切れてしまう。その弱い表面を、油で守れないかと考えたのです。

    手で撫でると、生地の表面が落ち着く。
    延すときの感触が変わる。
    粗い蕎麦粉の粒を残したまま、生地が先へ進もうとする。

    「これは、いけるかもしれない」

    そこから、油を別に加える方法を試し、やがて油と水を先に撹拌して、粉全体へ均一に行き渡らせる現在の油結びへ進みました。

    理屈が先にあったのではありません。

    粘土を見て、漆喰を撫でる職人の手を思い、生地を油で撫でてみた。
    そして最後は、自分の手が答えを教えてくれました。

    油結びの原点は、配合表ではありません。

    菊練りを終えた十割蕎麦の生地を、油のついた手で、そっと撫でたことから始まりました。

    油と水を十分に攪拌し、乳化させてから蕎麦粉に届ければ、粉の一粒一粒を包みながら結ぶことができるのではないか。

    そう考え、帰国後から試し始めた。

    この時、まだ「油結び」という名前はなかった。

    すでに方法は始まっていたが、僕は公にはしなかった。

    フランスの蕎麦粉を水だけで打つ時は、それ自体が挑戦の演出にもなったため、堂々と伝えることができた。

    しかし、油を使うことには、どこか後ろめたさがあった。

    これは十割蕎麦と言ってよいのか。

    蕎麦職人として、逃げていることにならないか。

    答えが出ないまま、名前のない試みを続けていた。

    ■ フランスから届いたクルミ油

    2024年の夏、来日したジュリアとミカちゃんから、フランス土産としてクルミ油をもらった。

    オリーブオイルだけではない。

    その土地の油を使えば、その土地の蕎麦と水を結ぶことができる。

    蕎麦粉、水、油。

    それぞれが土地のものであれば、そこに新しい「地蕎麦」が生まれるかもしれない。

    油は単なる補助材料ではなく、土地と土地を結ぶ存在になる。

    その考えが、少しずつ形になっていった。

    ■ 2024年9月、確信した日

    2024年9月、ガレット職人のまろさんが来日した。

    その時には、僕はすでに、名前のないまま油を使って蕎麦を結んでいた。

    僕は、まろさんに尋ねた。

    「ガレットに油を入れますか」

    まろさんは、入れると答えた。

    その瞬間、確信した。

    自分だけが、蕎麦を裏切るようなことをしているのではなかった。

    蕎麦粉を扱い、その性質を知る職人が、油の力を使って粉をつないでいる。

    油は、ごまかしではない。

    粉の性質を理解し、必要な力を補うための技術だった。

    2024年9月は、油結びを突然発明した月ではない。

    名前もないまま続けていた試みに、確信を持った時である。

    ■ 感覚を、再現できる技術へ

    その後、乳化や油脂の分散に関する調理科学の資料を調べ、攪拌の方法と油の割合を検証した。

    油を直接粉へ入れるのではない。

    水と油を先に十分に攪拌し、細かく分散させ、その水で蕎麦粉全体を均一に潤す。

    油が多ければよいわけではない。

    粉の香りや食感を損なわず、結びを助ける範囲を探す。

    攪拌の時間、油の割合、水の温度、粉への届け方。

    感覚から始まった試みを、一つずつ確かめていった。

    こうして油結びは、偶然の一回ではなく、繰り返すことのできる技術へ近づいていった。

    ■ 油結びとは何か

    油結びとは、蕎麦粉に油を混ぜ込むだけの方法ではない。

    水と少量の油を十分に攪拌し、乳化・分散させた水によって、粗挽きの蕎麦粉を均一に潤し、結びへ導く方法である。

    目指しているのは、細くて喉越しのよい蕎麦ではない。

    黒くて、太い。

    ザクザク噛む。

    蕎麦という穀物を、歯と身体で味わうための蕎麦である。

    ■ 名前のない試みを、歴史に残す

    油結びは、ある日突然生まれたものではない。

    2023年、フランスから帰る飛行機の中で決めた、次の挑戦。

    2024年、湯捏ねで挑んだフランスの十割蕎麦。

    帰国後も続けた、名前のない試行。

    ジュリアとミカちゃんが届けてくれたクルミ油。

    そして、まろさんの言葉によって確信した2024年9月。

    失敗と迷い、人との出会いが、少しずつ一本につながって生まれた。

    最初から理論があったわけではない。

    フランスの蕎麦粉と水で、どうしても十割蕎麦を打ちたかった。

    ただ、それだけだった。

    名前もない試みから始まり、人との出会いで確信に変わり、記録と検証によって技術になった。

    油結びは、フランスの蕎麦粉と水で十割蕎麦を打ちたいという、ひとつの夢から生まれた。

    そして、この物語は、まだ途中にある。

    【年表】

    2023年
    フランスから帰国する飛行機の中で、次はフランス産蕎麦粉百パーセントと現地の水で十割蕎麦を打つことを決意する。

    2024年
    フランスで湯捏ねによる十割蕎麦に挑戦。ロバート、ジャパンエキスポSUDで実践する。

    2024年・帰国後
    小麦粉を使わずにフランスの蕎麦粉を結ぶ方法を考え、油と水を攪拌して使う試行を始める。まだ名前はなく、後ろめたさから公にはしなかった。

    2024年夏
    来日したジュリアとミカちゃんから、フランス土産のクルミ油を受け取る。土地の蕎麦粉、水、油を結ぶという考えが形になり始める。

    2024年9月
    来日したガレット職人のまろさんに、ガレットへ油を入れるか尋ねる。「入れる」という答えを聞き、自分の試みに確信を持つ。

    その後
    乳化と油脂分散に関する調理科学の資料をもとに、攪拌方法や油の割合を検証。感覚的な試行を、再現できる技術へ近づける。

    【スラッグ】

    abura-musubi-soba-origin

    【タグ】

    油結び、十割蕎麦、粗挽き蕎麦、フランス産蕎麦粉、フランス十割蕎麦、蕎麦打ち、乳化、地蕎麦、クルミ油、オリーブオイル、マルセイユ、蕎麦職人、SOBA TAKANO、亀戸養生料理高の

    ■ 記憶だけではなく、記録として残っている

    油結びの歩みは、後から作った物語ではない。

    当時の写真、動画、投稿、フランスでの活動記録が、日付とともに残されている。

    まだ「油結び」という名前がなかった頃の試行も、湯捏ねで挑んだフランスでの蕎麦打ちも、帰国後に続けた検証も、それぞれの記録をたどることで確認できる。

    記憶だけに頼らず、残された記録と照らし合わせながら、この原点を書き残した。

    これからも、油結びによる粗挽き十割蕎麦を打ち、その変化と成長を記録していく。

    黒くて、太い。

    ザクザク噛む蕎麦。

    油結びの物語は、これからも続いていく。

    【映像・写真による活動記録】

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    SOBA TAKANO 東京十割手打ち蕎麦、ラーメン二刀流
    https://www.youtube.com/channel/UC2P7Ynm70QTx5bix0mxqwtA

    Instagram
    SOBA TAKANO 東京
    https://www.instagram.com/kameidosobatakano/

    Facebook
    亀戸 養生料理 高の
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  • 懐石ではない。護摩蕎麦に込めた「庶民の一膳」

    懐石ではない。護摩蕎麦に込めた「庶民の一膳」

    護摩蕎麦は、豪華な懐石料理から生まれたものではありません。

    かつて日本人の身体と暮らしを支えた、玄米、お新香、めざし、味噌汁。

    その「庶民の一膳」を、現代の蕎麦料理として表現した作品です。

    玄米、お新香、めざし、味噌汁。かつて日本人の身体と暮らしを支えた、庶民の一膳。高のは玄米の位置に「ザクザク噛む十割蕎麦」を置きました。鉄鍋に残った呉汁も、最後の玄米粥まで残さずいただく。護摩蕎麦に込めた、日本料理と命への感謝の話です。

  • 【フランス活動記②】最初は二八だった。Sakura Bentoで気づいた「違うな」

    【フランス活動記②】最初は二八だった。Sakura Bentoで気づいた「違うな」

    東京・亀戸「鍋蕎麦料理 高の」。
    夫婦二人で営む、小さな十割手打ち蕎麦店です。

    コロナ禍の中で、私は一つの夢を決めました。

    フランスで蕎麦を打つ。

    その夢が初めて現実になった場所が、マルセイユの Sakura Bento でした。

    夫婦二人で、マルセイユへ

    蕎麦打ちの道具と白衣を荷物に詰め、オスギと二人で海を渡りました。

    知らない街。聞き慣れない言葉。
    それでも、Sakura Bentoの扉の向こうには、蕎麦を打ってみたいという人たちが待っていました。

    店内には日本の提灯や達磨、鯉のぼりが飾られています。長いテーブルを囲み、参加者の皆さんが一斉に鉢へ手を入れました。

    粉に水を含ませる。
    こねる。延す。切る。

    言葉が十分に通じなくても、同じ粉に触れれば、手の動きで伝わることがあります。

    亀戸の小さな蕎麦屋で続けてきた仕事が、マルセイユで人と人をつなぎ始めた瞬間でした。

    最初に打ったのは、二八蕎麦

    このとき使用したのは、霧下蕎麦本家の地粉と小麦です。

    配合は、蕎麦粉八割、小麦粉二割の二八蕎麦。

    日本から持っていった粉と、これまで培ってきた技術で蕎麦を打つ。参加者の皆さんと一緒に蕎麦を作り、フランスで蕎麦打ち教室を開くという最初の目標は実現しました。

    うれしかった。
    夢の入口には、確かに立てたと思います。

    けれど、心の中に小さな違和感が残りました。

    「違うな」と思った

    フランスまで来て、日本の粉と日本の方法で蕎麦を打つ。

    それは、日本の蕎麦を紹介する仕事としては間違っていません。

    しかし、私が本当にやりたかったことは、これなのだろうか。

    その土地で育った蕎麦を、
    その土地の水で打ち、
    その土地の人と一緒に食べる。

    日本の蕎麦をそのまま運ぶのではなく、フランスの大地からフランスの蕎麦を生み出す。

    私は、それをやりたいのだと気づきました。

    最初のSakura Bentoでの蕎麦打ちは、成功であると同時に、次の課題を教えてくれた一日でした。

    二八から、フランスの十割へ

    1年目に感じた「違うな」が、2年目の目標を決めました。

    フランス産蕎麦粉100%。
    現地の水100%。
    つなぎを使わない十割蕎麦。

    日本の材料を持ち込んで再現するのではない。

    フランスの粉、水、空気の中で蕎麦を打つ。
    それを私は、フランスの「地蕎麦」と考えるようになりました。

    最初から答えが分かっていたわけではありません。

    まず二八蕎麦を打ったからこそ、自分の目指す場所が見えました。

    Sakura Bentoは、夢が実現した場所であり、私の考える「地蕎麦」が始まった場所でもあります。

    夫婦二人の旅

    私が蕎麦を打ち、オスギが人と人をつなぐ。

    これは、一人の料理人の海外挑戦ではありません。

    亀戸で夫婦二人が営む小さな蕎麦屋が、マルセイユの人たちと出会い、少しずつ家族を増やしていく物語です。

    あの日、Sakura Bentoで一緒に粉へ触れた皆さんとの時間が、次の年へつながりました。

    次は、日本の粉を持っていく旅ではありません。

    フランスの大地で育った蕎麦を、フランスの水で十割にする旅です。

    À Marseille, j’ai compris ce que je voulais vraiment faire.
    Créer un soba né de la terre française. Ensemble.

    前の話

    【フランス活動記①】コロナ禍で決めた夢。なぜ私はフランスで十割蕎麦を打つのか

    次の話

    【フランス活動記③】Japan Expo Sud、初めての十割蕎麦打ち実演

  • 養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは

    養生蕎麦とは、日本料理の哲学に基づき、身体に徳する、バランスの取れた一食を目指す新しい蕎麦の方向です。

    更科、藪、田舎などと同じように、蕎麦の考え方と進む方向を示す言葉です。

    まだ歴史が浅く、世間には馴染みがありません。だから今後は、初めて見る人にも意味が伝わるように、その定義を添えて発信していきます。

    「養生蕎麦」を初めて発表した日

    2015年10月22日。

    亀戸養生料理 高のは、公式SNSで初めて「亀戸名物 養生蕎麦 高の」と発表しました。

    投稿に添えた言葉は、

    「常識を超えた美味しさを!」
    「セサミン大量!」

    この日が、高のが自らの蕎麦を「養生蕎麦」と名づけ、世の中へ示した最初の日です。

    2014年に発表した名代護摩蕎麦を代表作として、その料理に流れていた養生の考え方を、蕎麦の新しい方向を示す言葉へと育てたのが「養生蕎麦」です。

    「身体に良い蕎麦」だけではありません

    養生と聞くと、健康食や栄養価の高い蕎麦を思い浮かべるかもしれません。

    しかし、高のが考える養生は、特定の栄養成分だけを強調するものではありません。

    食材には、それ

    養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは

    養生蕎麦とは、日本料理の哲学に基づき、身体に徳する、バランスの取れた一食を目指す新しい蕎麦の方向です。

    更科、藪、田舎などと同じように、蕎麦の考え方と進む方向を示す言葉です。

    まだ歴史が浅く、世間には馴染みがありません。だから今後は、初めて見る人にも意味が伝わるように、その定義を添えて発信していきます。

    「養生蕎麦」を初めて発表した日

    2015年10月22日。

    亀戸養生料理 高のは、公式SNSで初めて「亀戸名物 養生蕎麦 高の」と発表しました。

    投稿に添えた言葉は、

    「常識を超えた美味しさを!」
    「セサミン大量!」

    この日が、高のが自らの蕎麦を「養生蕎麦」と名づけ、世の中へ示した最初の日です。

    2014年に発表した名代護摩蕎麦を代表作として、その料理に流れていた養生の考え方を、蕎麦の新しい方向を示す言葉へと育てたのが「養生蕎麦」です。

    「身体に良い蕎麦」だけではありません

    養生と聞くと、健康食や栄養価の高い蕎麦を思い浮かべるかもしれません。

    しかし、高のが考える養生は、特定の栄養成分だけを強調するものではありません。

    食材には、それぞれの性質と役割があります。

    その理を理解し、味、香り、温度、食感、栄養、食べ方の流れまで整え、食べる人の身体に徳する一食に仕立てる。

    それが、日本料理に受け継がれてきた養生の考え方です。

    一品を作ったのではない。一食を設計した。

    これが、亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高のの料理の姿勢です。

    更科・藪・田舎、そして養生

    更科には、白く上品な蕎麦の美しさがあります。

    藪には、江戸前のつゆと蕎麦を味わう様式があります。

    田舎には、蕎麦の風味を力強く伝える方向があります。

    そして養生蕎麦は、蕎麦だけで完結させず、出汁、大豆、胡麻、季節の食材、食後の締めまでを調和させ、身体を養う一食として考える方向です。

    優劣ではありません。

    どの蕎麦を良しとするか。

    何を大切にして一枚、一椀、一食を仕立てるのか。

    その方向の違いです。

    分かりやすい入口は「韃靼蕎麦ブレンド」

    高のの養生蕎麦を、初めての方に目で見て分かりやすく伝える特徴の一つが、韃靼蕎麦をブレンドした十割蕎麦です。

    殻ごと挽いた蕎麦粉に韃靼蕎麦を重ね、蕎麦の香り、ほろ苦さ、力強さを一枚の中に表します。

    ただし、韃靼蕎麦を使うことだけが養生蕎麦ではありません。

    韃靼ブレンドは、目に見える特徴。養生は、その蕎麦が向かう方向です。

    鍋蕎麦と護摩蕎麦

    高のは2012年、東京・亀戸で、十割蕎麦を温かく、最後まで美味しく召し上がっていただくために、一つの鍋で一食を仕立てる「鍋蕎麦」を始めました。

    2013年には、日本の郷土料理である呉汁の考え方を蕎麦に取り入れました。

    水に浸した大豆をすりつぶした「呉」、出汁、黒胡麻、鉄鍋。

    それらを結び、2014年に「名代護摩蕎麦」を発表しました。

    養生蕎麦は、高のの蕎麦が進む方向です。

    鍋蕎麦は、その考え方を一食として表す蕎麦様式。

    護摩蕎麦は、その代表となる料理です。

    新しい蕎麦の方向を、亀戸から

    養生蕎麦は、長い歴史を持つ更科、藪、田舎のように、すでに広く知られた言葉ではありません。

    だからこそ、料理を作り、言葉で定義し、毎日の仕事で伝え続けていきます。

    殻ごと挽いた蕎麦粉で十割蕎麦を打つ。

    出汁、大豆、胡麻、季節の恵みを生かす。

    蕎麦だけではなく、食べ終わるまでを一食として考える。

    身体に徳する、一食としての蕎麦。

    それが、亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高のの「養生蕎麦」です。

    すべて手作り、手打ち。毎朝限定30食。

    亀戸の団地の下で、夫婦二人で、この新しい蕎麦の方向を育てています。

    GOJIRU STYLE SOBA
    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高の
    代表 高野定義

  • 鍋蕎麦 その定義。

    鍋蕎麦 その定義。

    十割蕎麦を、温かく、最後まで美味しく召し上がっていただく。

    その答えが、私たちの「鍋蕎麦」でした。

    蕎麦は、蕎麦の実を挽き、蕎麦切りとなり、日本人はそこへ出汁を合わせる知恵を育ててきました。

    これは、まさに日本料理の知恵です。

    私たちは十割蕎麦を打ち続ける中で、熱を加えた十割蕎麦の美味しさを、もっと引き出したいと考えました。

    その結果、一つの鍋で仕立てるという形にたどり着きました。

    鍋の中で出汁と旬の食材が調和し、十割蕎麦は最後まで美味しく味わえる。

    だから私たちは、この料理を「鍋蕎麦」と呼びます。

    鍋蕎麦屋とは、日本料理を一つの鍋で表現する蕎麦屋。

    出汁、呉汁、護摩、旬の食材。

    日本料理が育んできた知恵を、一つの鍋に込める。

    NABESOBA=鍋蕎麦です。護摩蕎麦ではありません。
    護摩蕎麦は、高ののNABESOBAを代表する一品です。
    普段の十割蕎麦も、火曜日の小麦蕎麦も、一食を設計する思想によってNABESOBAにつながっています

    それが、亀戸養生料理鍋蕎麦屋 高のです。

  • EDAMAME GOJIRU — THE NEXT GREEN FROM JAPAN, AFTER MATCHA #3

    EDAMAME GOJIRU — THE NEXT GREEN FROM JAPAN, AFTER MATCHA #3

    抹茶に代わる新しい日本の緑|枝豆の呉汁を世界へ

    呉汁と高の名代護摩蕎麦

    一杯の護摩蕎麦は、この一粒の大豆から始まります

    14年以上、私は大豆を煮続けてきました。

    呉汁は、日本各地に受け継がれてきた郷土料理です。

    大豆をすり潰し、出汁や味噌と合わせる。

    派手ではありませんが、日本人が「身体に徳する食事」を考え続けた知恵が詰まっています。

    私はこの呉汁に魅せられました。

    「この料理を、蕎麦で表現できないだろうか。」

    その問いから始まった挑戦が、名代護摩蕎麦です。

    黒胡麻を重ね、十割蕎麦を合わせ、季節の野菜を添える。

    そして最後は玄米で締める。

    私は一品を作ったのではありません。

    一食を設計しました。

    護摩蕎麦は、胡麻の料理ではありません。

    呉汁の思想を受け継ぐ、日本料理です。

    これからも私は、大豆の可能性を追い続けます。

    護摩蕎麦、そして新しい麺料理へ。

    日本料理の知恵を、未来へ、世界へ。

    SOBA TAKANO

    亀戸 養生料理 高の

    東京都江東区亀戸。

    十割蕎麦とGOJIRU STYLEを発信しています。

  • 🇫🇷🤝🇯🇵 フランスシリーズ #0

    🇫🇷🤝🇯🇵 フランスシリーズ #0

    はじめてのフランス

    Japan Expo Sud 2023、日本文化を届ける最初の一歩

    2023年2月。

    私は初めてフランス・マルセイユの地を訪れました。

    目的は、Japan Expo Sudで十割蕎麦打ちを披露すること。

    言葉も文化も違う場所で、日本料理人として何が伝えられるのか。

    期待と不安を胸に、日本を出発しました。

    この旅が、私のフランスでの活動の始まりです。

    飛行機で日本を離れ、マルセイユへ。

    Japan Expo Sudでは、ステージでの蕎麦打ち実演、ブースでのワークショップを行い、多くの方に日本の十割蕎麦を体験していただきました。

    この経験が、その後のフランスでの活動につながり、「フランスの蕎麦粉・水・空気で打つ十割蕎麦」という現在の挑戦へと発展していきます。

    振り返れば、すべてはこの旅から始まりました。

    世界と日本が繋がる十割蕎麦打ちチャレンジ。

    その第一歩を、ここに記録します。

    SOBA TAKANO

    亀戸 養生料理 高の

    東京都江東区亀戸。

    十割蕎麦とGOJIRU STYLEを発信しています。

  • 🇫🇷🤝🇯🇵 フランスシリーズ #2

    🇫🇷🤝🇯🇵 フランスシリーズ #2

    Marseilleで出会った仲間たち


     

    2024.03 Marseille研修 その1

    フランスの蕎麦粉・水・空気で打つ十割蕎麦への挑戦

    2024年3月。

    France Japan Expo Sudでの蕎麦打ち実演は、私にとって2度目の挑戦でした。

    今回、自分に課したテーマはひとつ。

    フランスの蕎麦粉、フランスの水、そしてフランスの空気で十割蕎麦を打つこと。

    日本から完成した技術を持ち込むのではなく、その土地の風土を受け入れ、その土地でしか生まれない十割蕎麦を打ちたい。

    それが、現在私が「地蕎麦」と呼んでいる考え方の始まりです。

    今回使用した蕎麦粉は、殻ごと挽いたフランス産蕎麦粉。

    フランス語では Sarrasin(サラザン) と呼ばれます。

    空港でも「サラザン」で通じたことが印象的でした。

    Expoでは2日間で、

    • ステージ実演1回
    • ブース実演5回

    合計6回の十割蕎麦打ち。

    失敗は許されない環境でしたが、あえて繋ぎを使わない十割蕎麦を選びました。

    マルセイユの皆様への敬意を込め、その土地の水で打ち、その土地の蕎麦粉と向き合う。

    それが私なりの日本料理人としての挑戦でした。

    旅の始まりは、妻オスギと成田空港を出発し、ドバイ経由でニースへ。

    そこからマルセイユへ向かいます。

    現地では、いつも支えてくださるジュリアさん、そして仲間たちが温かく迎えてくれました。

    炊飯器や日本米、味噌まで用意してくださり、日本の食文化を大切に思ってくださる気持ちに心から感謝しています。

    この旅は、単なる海外研修ではありません。

    世界と日本が繋がる十割蕎麦打ちチャレンジ。

    その大切な一歩となったマルセイユでの記録です

    SOBA TAKANO

    亀戸 養生料理 高の

    東京都江東区亀戸。

    十割蕎麦とGOJIRU STYLEを発信しています。

  • #日本料理を一杯に

    #日本料理を一杯に


    世界と日本がつながる十割蕎麦打ちチャレンジ

    私は「和(あえる)」という言葉を大切にしています。

    混ぜるのではなく、お互いを生かし合うこと。

    その志を胸に、フランス・マルセイユで十割蕎麦打ちの挑戦を始めました。

    フランスの蕎麦粉、フランスの水、フランスの空気。

    その土地の風土を尊重しながら、日本料理の心を伝えています。

    これからも世界と日本を結ぶ架け橋として歩み続けます。


    神様の食事「護摩」

    蕎麦は昔から健康に良い食べ物として親しまれてきました。

    高のでは、さらに日本料理の基本思想である「身体に徳する食事」を実現したいと考えています。

    そのため、すべての蕎麦は単品ではなく、一食として栄養のバランスを考えたコース料理でご提供しています。

    美味しさだけではなく、生きる力となる食事。

    それが養生料理です。


    日本食と大豆

    護摩蕎麦の出汁の原点は、郷土料理「呉汁」です。

    一昼夜浸水した大豆を丁寧に茹で、すり潰して「呉」を作ります。

    その呉に黒胡麻、蕎麦つゆ、出汁を合わせ、名代護摩蕎麦の味が生まれます。


    高のの出汁

    前日の蕎麦湯と大豆の茹で汁を大切に生かし、

    干し椎茸、昆布、鰹節で整えた身体に徳する出汁です。

    日本料理は、素材を最後まで大切に使い切る文化でもあります。


    十割養生蕎麦

    蕎麦は、内モンゴル産の韃靼蕎麦粉と、国産の殻ごと挽いた蕎麦粉を独自に配合しています。

    さらに石臼挽きで生まれる蕎麦殻と胡麻を加え、香りや食感、栄養を余すことなく生かしています。

    混ぜるのではなく、「和える」。

    それが私の蕎麦打ちです。


    酒繋ぎ十割養生蕎麦

    日本蕎麦のルーツは内モンゴルにあると考えています。

    その原点を大切にしながら、日本の蕎麦文化へとつながる一杯を打っています。

    韃靼蕎麦の豊富なルチンと力強い苦味。

    国産蕎麦の優しい甘味。

    二つを生かすことで、美味しく、身体に徳する十割蕎麦が生まれます。


    霧下そば本家の蕎麦粉

    私が霧下そば本家の蕎麦粉を使う理由は、その仕事が「商品」ではなく「作品」だからです。

    丁寧に石臼で挽き、何度も篩にかけ、殻ごと挽いたとは思えないほど優しく甘い蕎麦粉。

    そして、その蕎麦粉を生み出す人の温かさ。

    その姿勢に深く敬意を抱いています。

    油結び、酒繋ぎ。

    その考え方とともに、私も作品として十割養生蕎麦を打っています。


    幅広の蕎麦

    高のの蕎麦は少し幅広に切っています。

    それは、よく噛み、蕎麦の香りや旨味をしっかり味わっていただきたいという願いからです。


    科学的な根拠

    高のはスマートミール認証店(二つ星)です。

    厚生労働省が示す生活習慣病予防の考え方に基づき、PFCバランスを満たした主菜・副菜・主食の整った食事として認証されています。

    日本料理の知恵と、現代の栄養学。

    その両方を大切にしています。


    フランスへ

    年齢を重ね、この作品を次の世代へ残したいと思うようになりました。

    そのため、フランス・マルセイユで三年間にわたり十割蕎麦打ちのワークショップやマスタークラスを開催しています。

    さらに約一か月間、現地レストランを借り、フランス産の蕎麦粉だけで十割蕎麦を打ち、名代護摩蕎麦をご紹介しました。

    私は、グルテンフリーの麺料理を世界へ提案する日本の職人でありたいと考えています。


    最後に

    私が作っているのは商品ではありません。

    一杯の料理を通して、日本料理という文化を未来へつなぐ「作品」です。

    名代護摩蕎麦は、少なからず世界へ歩み始めた護摩蕎麦です。

    日本と世界をつなぐ一杯として、これからも丁寧に打ち続けます。

    ありがとうございます。

    SOBA TAKANO

    亀戸 養生料理 高の

    東京都江東区亀戸。

    十割蕎麦とGOJIRU STYLEを発信しています。

  • 亀戸養生料理 高の・SOBA TAKANO 正式歴史年表(提出済み資料整理版)

    亀戸養生料理 高の・SOBA TAKANO 正式歴史年表(提出済み資料整理版)

    2012年

    亀戸養生料理 高の 開店

    「身体に徳する食事」をテーマに開業。

    養生料理、日本料理、十割蕎麦を軸にした店づくりを始める。

    護摩蕎麦誕生前夜

    2013年

    Facebook一次資料確認。

    2013年6月12日

    「呉汁をそばにしました」

    東北の郷土料理「呉汁」を蕎麦へ応用。

    大豆の茹で汁に鰹と昆布を加え、自家製江戸甘味噌で仕上げる。

    現在の護摩蕎麦の原点。

    2013年7月23日

    「養生とろろ汁」

    2013年8月17日

    「賄いめし 胡麻蕎麦」

    後の護摩蕎麦へ繋がる最古級資料。

    2014年

    名代護摩蕎麦 誕生

    郷土料理「呉汁」の思想を基に考案。

    日本料理の養生思想を一杯に表現する料理として提供開始。

    2015年

    錦糸町亀戸食本 掲載

    護摩蕎麦、鴨料理、ジビエ料理など掲載。

    鉄鍋導入

    現在の護摩蕎麦の形へ近づく。

    Facebook確認

    「亀戸名物 養生蕎麦 高の」

    名称使用を確認。

    哲学として日本料理を表現

    身体に徳するバランスのとれた食事

    余す事なく食する から 殻ごと挽いた蕎麦粉の十割蕎麦 呉汁出汁を玄米で薬膳粥で締める

    2016年

    錦糸町亀戸食本 掲載(2年連続)

    2017年

    散歩の達人

    掲載。

    全国メディア期

    2018年

    唐揚げグランプリ金賞受賞

    鶏もも丸丸素揚げ。

    名医のTHE太鼓判!

    出演。

    護摩蕎麦が健康食として紹介される。

    12月1日

    ぶらり途中下車の旅

    出演。

    護摩蕎麦紹介。

    2019年

    8月4日

    スクール革命!

    出演。

    鶏もも丸丸素揚げ(ギャートルズの肉)紹介。

    2020年

    唐揚げグランプリ金賞受賞(2度目)

    7月11日

    夕焼け酒場

    出演。

    8月

    バゲット

    出演。

    鶏もも丸丸素揚げ紹介。

    通販注文殺到。

    10月28日

    太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選

    出演(1回目)。

    2021年

    3月3日

    太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選

    出演(2回目)。

    太田和彦氏より

    「エース オブ なめろう」

    との評価を受ける。

    2022年

    栄養と料理

    掲載。

    散歩の達人

    掲載(2回目)。

    おとなの週末

    掲載。

    文春オンライン

    掲載。

    東スポWeb

    掲載。

     

     

    フランス挑戦期

    2023年

    Japan Expo Sud Marseille

    Japan Expo史上初の手打ち蕎麦実演

    高野シェフによる手打ち蕎麦。

    使用材料

    • 霧下蕎麦本家 GSTI蕎麦粉
    • 日本の温泉水

    をフランスへ持ち込み。

    実演

    • Sakuraステージ実演
    • France Japon Connexionブース
    • ワークショップ

    合計5回実演。

    France 3 Provence-Alpes

    France 3 Provence-Alpes

    記事掲載。

    Chef Takanoとして紹介。

    フランス・マルセイユ

    フランス産蕎麦粉100%

    フランスの水100%

    による十割蕎麦提供を開始。

    Noailles市場で現地野菜を仕入れ、

    Robato Marseilleにて蕎麦ディナー開催。

    ここから

    地蕎麦

    という思想が明確になる。

    3月17日

    news every.

    出演。

    「仲良し夫婦の繁盛店」

    • 護摩蕎麦
    • 丸丸素揚げ
    • 朝蕎麦

    紹介。

    2024年

    Japan Expo Sud Marseille

    フランスの蕎麦粉で十割蕎麦打ち。

    実演回数

    • ステージ 1回
    • ブース 3回

    資料確認済み。

    RESIDENCE TAKANO

    2024年3月13日〜23日

    マルセイユにて期間限定イベント開催。

    提供

    • 手打ち蕎麦
    • 唐揚げ
    • かき揚げ
    • 自家製餅

    結果

    予約満席。

    フランス深化期

    2025年

    護摩蕎麦を通じて

    • 呉汁文化
    • 大豆文化
    • 日本料理の哲学

    を発信。

    2026年

    Japan Expo Sud Marseille

    SOBA TAKANOとして出演。

    Marseille

    KOISHIにて護摩蕎麦提供。

    Dijon

    Dijon

    十割蕎麦マスタークラス開催。

    地蕎麦完成形

    • フランス産蕎麦粉100%
    • フランスの水100%
    • フランスの空気100%

    による十割蕎麦。

    つけ麺専門店 高の 開始

    国産小麦100%手打ちラーメン。

    蕎麦とラーメン手打ち二刀流へ。

    確認済みメディア掲載・出演一覧

    書籍・雑誌・Web

    • 錦糸町亀戸食本(2015)
    • 錦糸町亀戸食本(2016)
    • 散歩の達人(2017)
    • 散歩の達人(2022)
    • 栄養と料理(2022)
    • おとなの週末 Web
    • 文春オンライン
    • 東スポWeb
    • 柴田書店『蕎麦前とつまみ167品』

    テレビ

    • 名医のTHE太鼓判!
    • ぶらり途中下車の旅
    • スクール革命!
    • バゲット
    • 夕焼け酒場
    • 太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選(2回)
    • news every.

    高のの歩み

    呉汁を蕎麦にした。

    護摩蕎麦が生まれた。

    全国メディアに紹介された。

    そして蕎麦粉を持って海を渡った。

    2023年、日本の蕎麦粉と日本の温泉水をフランスへ運び、

    2024年、フランスの蕎麦粉で十割蕎麦を打ち、

    2026年、その土地の蕎麦粉、その土地の水、その土地の空気で打つ

    「地蕎麦」

    へ辿り着く。

    これが、亀戸養生料理 高の、そして SOBA TAKANO の歴史です。

    SOBA TAKANO

    亀戸 養生料理 高の

    東京都江東区亀戸。

    十割蕎麦とGOJIRU STYLEを発信しています。

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