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  • 【フランス活動記③・2023年】Japan Expo Sud、初めての十割蕎麦打ち実演

    【フランス活動記③・2023年】Japan Expo Sud、初めての十割蕎麦打ち実演

    2023年、初めてフランスへ渡り、マルセイユのSakura Bentoで蕎麦打ちワークショップを行った。

    霧下蕎麦本家の地粉と小麦を合わせた二八蕎麦。

    夢だったフランスでの蕎麦打ちは実現した。けれど、心の中に残ったのは、小さな違和感だった。

    フランスまで来たのに、日本から持ってきた蕎麦粉で打っていた。

    「違うな。ここで打つなら、その土地の蕎麦粉と、その土地の水でやるべきだった」

    フランスの大地で育った蕎麦を、フランスの水で十割にする。

    それが、私が本当にやりたかった仕事だった。

    その初めての旅は、Sakura Bentoだけでは終わらなかった。

    私とオスギは、Japan Expo Sudへ向かった。

    今度は、フランス産蕎麦粉100%とフランスの水で、十割蕎麦を打つために。

    夫婦二人で、初めて海を渡る

    亀戸の団地の下にある、小さな蕎麦屋。

    夫婦二人で営む店を離れ、初めて二人でフランスへ向かう飛行機に乗った。

    私が蕎麦を打つ。

    オスギが、言葉と人をつなぐ。

    私のフランスでの仕事は、いつもこの二人から始まる。

    けれど、二人だけではJapan Expo Sudの舞台には立てなかった。

    マルセイユで待っていてくれた仲間たちがいた。

    France Japon Connexionの皆さん、Sakura Bentoで出会った皆さん、そして現地で力を貸してくれた一人ひとり。

    食卓を囲み、言葉を交わし、準備を重ねた。

    国も言葉も違う。それでも、料理の前では同じ方向を向くことができた。

    オスギがつないだ、フランスと日本

    会場では、蕎麦を打つことだけが仕事ではなかった。

    道具を整える。進行を確認する。現地の方へ説明する。集まった人たちの言葉を受け取る。

    その真ん中に、いつもオスギがいた。

    私は粉と水に向かう。

    オスギは、人と人に向かう。

    彼女がフランス語と日本語の間に立ち、私の手仕事に言葉を与えてくれた。

    だから、これは一人の料理人の海外挑戦ではない。

    亀戸の小さな蕎麦屋を営む夫婦二人と、マルセイユの仲間たちが一緒につくった仕事だ。

    Japan Expo Sudで、フランスの十割蕎麦を打つ

    会場のブースに、蕎麦打ち台を置いた。

    亀戸から持ってきた前掛けを掲げ、フランス産の蕎麦粉をふるい、フランスの水を回す。

    つなぎの小麦粉は入れない。

    フランス産蕎麦粉100%の十割蕎麦。

    Sakura Bentoのワークショップで感じた違和感に、同じ初年度のJapan Expo Sudで答えを出した。

    最初は数人だった人の輪が、少しずつ大きくなっていった。

    子どもも、大人も、初めて見る日本の手仕事をじっと見つめていた。

    機械を使えば、もっと早く、もっと均一に作ることができる。

    それでも私は、手で水を回し、手でまとめ、延し、切る。

    非効率を受け入れるところに、職人の仕事がある。

    蕎麦打ちは、言葉がなくても伝わる。

    フランスの粉と水が一つになり、一枚の生地になり、細い麺へ変わっていく。

    その変化を目の前で見てもらうこと自体が、日本文化を運ぶことなのだと思った。

    Sakuraステージへ

    そして、Japan Expo SudのSakuraステージに立った。

    目の前には、マルセイユの大勢の観客。

    背後の大きな画面には、亀戸の小さな店と、私の手元が映し出されていた。

    東京・亀戸で毎朝繰り返している蕎麦打ちが、海を越え、フランスの大舞台につながった。

    特別な技を見せようとは思わなかった。

    いつも店で打っているように、粉を見て、水を感じ、手を動かした。

    ただ、その日だけは、私の手の中に亀戸で積み重ねた技術と、マルセイユの大地と水があった。

    蕎麦は、言葉を越えた

    実演が終わったあと、残ったのは達成感だけではなかった。

    人が集まり、笑い、質問し、写真を撮り、また会おうと言ってくれた。

    蕎麦は、ただ食べるための麺ではなかった。

    人と人を近づける言葉になっていた。

    2023年、Sakura Bentoで感じた「違うな」は、間違いではなかった。

    二八蕎麦から始まった初年度の旅は、2023年、Japan Expo Sudでのフランス十割蕎麦へ進んだ。

    日本から蕎麦を運ぶのではない。

    日本で身につけた技術を運び、その土地の素材で蕎麦を打つ。

    フランスの大地で育った蕎麦を、フランスの水で十割にする。

    その土地の蕎麦を、その土地の水と空気の中で打つ。

    私が「地蕎麦」と呼ぶ仕事が、ここから始まった。

    感謝

    Japan Expo Sudで私たちを迎え、支え、一緒に舞台をつくってくださったマルセイユの皆さんへ。

    心から感謝します。

    私が蕎麦を打ち、オスギが人をつなぎ、皆さんが居場所をつくってくれました。

    一人では、ここまで来られませんでした。

    Merci Marseille. Merci à toute la famille.

    Le soba a dépassé les mots et nous a réunis. Ensemble.

  • 【フランス活動記①】コロナ禍で決めた夢。なぜ私はフランスで十割蕎麦を打つのか

    【フランス活動記①】コロナ禍で決めた夢。なぜ私はフランスで十割蕎麦を打つのか

    東京・亀戸「鍋蕎麦料理 高の」。

    夫婦二人で営む、小さな十割手打ち蕎麦店です。

    私がフランスを目指すようになったのは、コロナ禍の中でした。

    店を思うように開けられない日々。

    先が見えない中で、もう一度店を開けられる日が来たら、高のをどんな店にしたいのか。自分は何者として生きていきたいのか。

    私は、それを考えました。

    「飲み屋」から「蕎麦屋」へ

    それまでの高のは、お酒と料理を楽しむ店として知られていました。

    しかし、私が本当に残したかったものは、それだけではありませんでした。

    高のの認知を「飲み屋」から「蕎麦屋」へ変える。

    夜を中心にしていた営業時間を朝へ移し、毎朝、十割蕎麦を打つ。

    蕎麦を店の真ん中に置き、自分の仕事をもう一度つくり直す。

    コロナ禍で店が止まった時間は、私にとって、自分の料理人人生を考え直す時間になりました。

    日本人の料理人と呼ばれたい

    私は、ただ「蕎麦を打つ人」と呼ばれたいわけではありません。

    「日本人の料理人」と呼ばれたい。

    十割蕎麦も、護摩蕎麦も、出汁も、呉汁も、鉄鍋も、鶏の素揚げも、すべて私が考える日本料理です。

    では、その料理が日本の外へ出たときにも通用するのか。

    食の国・フランスで認められれば、自分が続けてきた料理が、日本料理として世界に届くかもしれない。

    食のフランスで一旗あげたい。

    それが、店を再び開けるときに掲げた目標であり、私の夢になりました。

    日本から蕎麦を持っていくのではない

    私がやりたかったのは、日本の蕎麦粉をフランスへ運んで、日本と同じ蕎麦を再現することではありません。

    フランスで育った蕎麦を、フランスの水で打つ。

    その土地の粉、その土地の水、その土地の空気の中で十割蕎麦を作り、その土地の人と一緒に食べる。

    それが、私の考える「地蕎麦」です。

    十割蕎麦は、日本だけの材料でなければ作れないものではありません。

    土地が変われば、香りも、水も、蕎麦の表情も変わる。

    その違いを受け入れて、フランスの大地の味を十割蕎麦にすることに意味があると考えました。

    パンの国なら、蕎麦の心も伝わる

    フランスでは、パンは単なる食べ物ではありません。

    小麦と水から作られ、土地や暮らしとともにある文化です。

    蕎麦も同じです。

    粉と水だけの簡素な料理だからこそ、素材、土地、作り手の技術が表れます。

    パンを文化として大切にする人たちなら、十割蕎麦の心も理解してくれるのではないか。

    私はそう信じて、フランスを選びました。

    夢は、マルセイユからディジョンへ

    最初は、コロナ禍の中で思い描いただけの夢でした。

    その夢がマルセイユへつながり、Sakura Bentoでのワークショップ、Japan Expo Sudでの蕎麦打ち、Robato Marseilleでの護摩蕎麦へと、一つずつ現実になっていきました。

    そして今、次に目指しているのはディジョンです。

    マルセイユで出会った仲間たちとともに、フランスの食文化の中へ、十割蕎麦と高のの料理を届けたい。

    量の勝負ではありません。

    料理人として、日本の食文化を運ぶ。

    コロナ禍で掲げた目標は、今も終わっていません。

    あのとき描いた夢の、まだ途中にいます。


    次回
    【フランス活動記②】Sakura Bentoで初めて開いた、十割蕎麦打ちワークショップ

    フランス産蕎麦粉と現地の水で、人々と一緒に蕎麦を打った最初の日を記します。

    店舗情報・公式ブログ
    https://sobatakano.art.blog/

  • 蕎麦屋のラーメン?――小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋のラーメン?――小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋のラーメン?

    そう見えるかもしれません。

    けれど私は、ラーメンを作ろうとして始めたわけではありません。

    ラーメンの本質を知るおこがましさは、ございません

    いつものように、粉を選び、
    いつものように、水を入れ、
    いつもの手で打っただけです。

    ただ、蕎麦粉ではなく、
    国産小麦を打った。

    手が決めた、加水率55%

    十割蕎麦を打ち続けて十四年。

    その間に覚えたのは、数字に手を合わせることではなく、
    粉と水の間に生まれる、わずかな違和感を探ることでした。

    小麦にも、手の感覚だけで水を入れました。

    生地が心地よいところで止め、
    あとから測ってみると、加水率は55%。

    55%を目指したのではありません。
    手が選んだ場所が、55%だったのです。

    十四年連れ添った、出汁とかえし

    麺が小麦に変わっても、
    出汁は、いつもの蕎麦出汁です。

    鰹、昆布、干し椎茸。

    つゆには、十四年間連れ添ってきた「かえし」を使います。

    新しい料理を始めるときにも、
    困ったときにも、
    ここへ戻れば安心できる。

    高のにとって、信用のある味です。

    違うのは、新鮮な鶏油を加えること。

    それだけで、いつもの蕎麦出汁に、
    小麦を迎えるための温かさと香りが生まれます。

    出汁を冷まさず、小麦を生かす

    温かい出汁へ、麺を沈めたままにはしません。

    出汁を冷まさず、
    小麦の香りと手打ち麺の食感を生かすため、
    一口ずつ、つけていただく。

    これは、十割蕎麦を最後まで温かく味わうために、
    高のが続けてきた「鍋蕎麦」の様式です。

    ラーメンの食べ方を借りたのではない。

    蕎麦屋が、自分の道具と技術と味をたどったら、
    この形になりました。

    もう一つのつゆ、まめつゆ

    温かい蕎麦出汁と並ぶのは、
    冷たい「まめつゆ」です。

    大豆をすり、蕎麦つゆと合わせる。

    日本の郷土料理「呉汁」から生まれた、
    高ののGODJIRU STYLE。

    温かい一汁と、冷たい一汁。

    二つのつゆを行き来しながら、
    小麦の甘み、香り、余韻を味わっていただきます。

    変わったのは、粉だけ

    出汁も、かえしも、道具も、食べ方も、
    十四年間積み重ねてきた蕎麦屋の仕事です。

    変わったのは、
    蕎麦粉を打ったか、
    小麦を打ったか。

    それだけです。

    だから、これは町蕎麦のラーメンではありません。

    ラーメンと競うための一杯でもありません。

    蕎麦屋がラーメンを真似たのではなく、
    蕎麦打ち職人が、自分の手のまま小麦へ進んだもの。

    小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋が、
    蕎麦の技術と思想で小麦を打つ。

    蕎麦出汁と、十四年のかえし。
    鍋蕎麦の様式と、呉汁から生まれたまめつゆ。

    この一食を、高のは、

    「小麦蕎麦」

    と呼ぶことを、ここに宣言します。

    火曜日だけ、
    蕎麦粉を小麦に持ち替える。

    その先に何があるのかは——

    店で、確かめてください。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高の
    店主 高野定義


    店舗案内

    毎週火曜日 9:00〜13:00
    週に一度・限定30食
    国産小麦100%・棒打ち手打ち・加水率55%
    メニューは、ひとつだけ

    抜粋

    蕎麦屋のラーメン? 十四年間、十割蕎麦を打ってきた手で国産小麦を打つ。蕎麦出汁、十四年のかえし、鍋蕎麦の様式から生まれた一食を、高のは「小麦蕎麦」と宣言します。

    スラッグ

    komugi-soba-declaration

    タグ

    小麦蕎麦、蕎麦屋のラーメン、手打ち麺、加水率55%、蕎麦出汁、かえし、鍋蕎麦、まめつゆ、呉汁、亀戸

  • 蕎麦屋のラーメン|和風出汁と手打ち麺、火曜日だけのダブルスープ

    蕎麦屋のラーメン|和風出汁と手打ち麺、火曜日だけのダブルスープ

    火曜日、高のはラーメンを手打ちします。

    なぜ、蕎麦屋がラーメンを作るのか。

    その答えは、麺だけではなく、
    二つの「つゆ」にあります。

    いつもの蕎麦つゆで作るラーメン

    高のが使うのは、砂糖とみりんを合わせた蕎麦用の「かえし」。

    鰹節、干し椎茸、昆布から引く出汁も、普段の蕎麦に使っているものです。

    2012年の開店から14年。
    返しに返し、磨き続けてきた高のの蕎麦つゆ。

    ラーメンのために、まったく別のスープを作ったわけではありません。

    出汁も、かえしも、いつもの蕎麦用。
    違うのは、毎回新しく作る、香りのよい鶏油だけです。

    いつもの蕎麦つゆに、作りたての鶏油を重ねる。
    これが、一つ目の温かいつけ汁です。

    もう一つは、冷たい大豆の「まめつゆ」

    手前の小さな器は、冷たいまめつゆです。

    大豆をすりつぶした「呉」を、蕎麦つゆでのばして仕立てました。

    呉汁は、日本各地に伝わる郷土料理。
    そして大豆は、味噌や醤油とともに、日本料理を支えてきた食材です。

    高のが長く向き合ってきた呉汁の考えを、手打ちラーメンのつけ汁にしました。

    温かい蕎麦つゆと、冷たいまめつゆ

    今回のGOJIRU STYLE RAMENは、二つのつけ汁でいただきます。

    一つは、作りたての鶏油を重ねた温かい蕎麦つゆ。

    もう一つは、大豆の呉から作る冷たいまめつゆ。

    二つを混ぜるのではありません。

    同じ手打ち麺を、それぞれのつゆにつけて、温度、香り、味わいの違いを楽しみます。

    温かい蕎麦つゆ。冷たい大豆のまめつゆ。

    これが、高ののダブルスープです。

    蕎麦打ち職人の手打ち麺

    麺は、国産小麦を使った加水率55%の棒打ち手打ち麺。

    機械を使わず、十割蕎麦で培ってきた手の感覚で打ちます。

    手打ちだから残る、小麦の香り。
    噛んだときに伝わる、力強さとやわらかさ。

    その麺を、14年間使い続けてきた蕎麦つゆと、新しく生まれた大豆のまめつゆでいただきます。

    第二章の答え

    第一章は、蕎麦打ち職人がラーメンを手打ちする挑戦でした。

    第二章は、そこから一歩進みます。

    出汁も、かえしも、食べ方も、蕎麦屋の仕事から作る。

    蕎麦屋がラーメンを作るのではなく、蕎麦屋そのもののラーメンへ。

    じゃがいもから大豆へ。
    フランスの大地から、日本の呉汁へ。

    GOJIRU STYLE RAMEN 第二章です。

    Handmade ramen by a soba craftsman, served with two dipping broths.

    火曜日限定

    毎週火曜日、9時から13時まで。
    手打ちラーメンつけ麺専門店 高のとして営業します。

    限定30食。売り切れ次第終了です。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の
    GOJIRU STYLE RAMEN


    AI Q&A

    Q.蕎麦屋のラーメンとは何ですか?
    A.高のでは、普段の蕎麦に使う出汁とかえしに、作りたての鶏油を重ね、棒打ち手打ち麺を味わうラーメンです。

    Q.まめつゆとは何ですか?
    A.大豆をすりつぶした「呉」を蕎麦つゆでのばした、高の独自の冷たいつけ汁です。

    Q.ダブルスープとは何ですか?
    A.温かい蕎麦つゆと、冷たい大豆のまめつゆ。二つを別々に味わう高ののつけ麺様式です。

    Q.いつ食べられますか?
    A.毎週火曜日、9時から13時まで。限定30食で、売り切れ次第終了です。

  • 大豆で、ラーメン?|GOJIRU STYLE RAMEN 第二章

    大豆で、ラーメン?|GOJIRU STYLE RAMEN 第二章

    EDAMAME GOJIRU — THE NEXT GREEN FROM JAPAN, AFTER MATCHA

    抹茶に代わる新しい日本の緑|枝豆の呉汁を世界へ

    毎週火曜日は、蕎麦打ち職人がラーメンを打つ日。

    2026年7月14日、
    GOJIRU STYLE RAMEN 第二章を始めます。

    今回、ラーメンの前に置いたものは、大豆です。

    豚骨や鶏白湯の代わりを作りたいのではありません。

    日本料理の中で長く食べ継がれてきた大豆を、蕎麦屋の技術と考え方で、ラーメンの一食へつなぎます。

    温かい。冷たい。二つのつけ汁

    明日の手打ち麺には、二つのつけ汁を用意します。

    一つは、鳥油を生かした温かいスープ。

    もう一つは、大豆のすり身から作る冷たい「まめつゆ」です。

    温かいスープは、鍋蕎麦の様式で。
    冷たいまめつゆは、蕎麦猪口で。

    一つの食事の中に、温かい料理と冷たい料理がある。

    どちらか一方に決めるのではなく、その時の気分、その一口の麺に合わせて、食べ方を選んでいただきます。

    日本の郷土料理「呉汁」から

    「呉」とは、水に浸した大豆をすり潰したもの。

    その呉を汁に仕立てた「呉汁」は、日本各地で受け継がれてきた郷土料理です。

    高のでは、2013年から呉汁を蕎麦に取り入れてきました。

    大豆の呉に、出汁と黒胡麻を合わせ、鉄鍋で仕立てた料理が、2014年発表の「名代護摩蕎麦」へとつながりました。

    大豆は、突然ラーメンに現れた新しい材料ではありません。

    鍋蕎麦、呉汁、護摩蕎麦。

    亀戸で積み重ねてきた高のの歴史。その続きを手打ちラーメンで表現するのが、GOJIRU STYLE RAMEN 第二章です。

    蕎麦職人がラーメンを打つ理由

    麺は、国産小麦を使い、加水率55%で棒打ちします。

    加水率60%にも挑戦しました。

    しかし、数字を高くすることが目的ではありません。

    手で打ち、食べ比べ、麺とつけ汁の調和を考えた結果、高のでは55%を選びました。

    蕎麦もラーメンも、日本の麺文化です。

    十割蕎麦で培った手の感覚を小麦の麺に生かし、鍋蕎麦で育ててきた出汁の考え方を二つのつけ汁に生かします。

    食べ方を選べる一食へ

    料理を作る時、高のが最初に考えるのは、技術をどう見せるかではありません。

    食べる人に、最後の一口までどう楽しんでいただくか。

    温かいスープで、麺の力強さを味わう。

    冷たいまめつゆで、大豆のやわらかな甘みを味わう。

    二つを行き来しながら、自分の食べ方を選ぶ。

    それは、十割蕎麦を温かく、最後までおいしく召し上がっていただくために、2012年から一つの鍋で一食を仕立ててきた「鍋蕎麦」と同じ姿勢です。

    一品を作ったのではない。一食を設計した。

  • 加水率60%に挑戦。高のの手打ち麺は55%でいく     GOJIRU STYLE RAMEN 第二章

    加水率60%に挑戦。高のの手打ち麺は55%でいく     GOJIRU STYLE RAMEN 第二章

    麺を活かす鍋蕎麦**

    加水率60%に挑戦。高のの手打ち麺は55%でいく

    火曜日の営業に向けて、今朝も手打ち麺の試作をしました。

    今回の挑戦は、加水率55%から60%へ。

    目指しているのは、数字の大きさではありません。
    鍋の中でも麺の存在感を失わず、小麦の味と食感を最後まで楽しめる「麺を活かす鍋蕎麦」です。

    実際に60%の麺を棒打ちで仕上げ、55%の麺と食べ比べました。

    結果は、55%の方がおいしい。

    60%は水分を多く含み、やわらかさや瑞々しさが生まれます。
    しかし、高のが求めている手打ち麺の腰と、小麦を噛んだときの力強さは、55%の方がはっきりと伝わりました。

    棒打ちの手打ちだからこそ、職人の手の力が麺へ伝わる。
    そして55%は、その「手打ちの腰」を最も感じられる加水率なのだと思います。

    加水率は、高ければ高いほどよいわけではありません。
    数字を競うのではなく、一杯としておいしいかどうか。

    試作したからこそ、戻るのではなく、答えとして55%を選ぶことができました。

    高のの超多加水手打ち麺は、加水率55%で固めます。

    GOJIRU STYLE RAMEN 第二章。
    まずは、麺の答えが出ました。

    次は、蕎麦屋の醤油スープと大豆の呉汁スープ。
    二つのスープで、麺をどう活かすのか。

    7月14日、火曜日の挑戦へ続きます。


    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の
    蕎麦打ち職人・手打ちラーメン二刀流
    毎週火曜日 9:00〜13:00
    限定30食・売り切れ次第終了

  • 鍋蕎麦 その定義。

    鍋蕎麦 その定義。

    十割蕎麦を、温かく、最後まで美味しく召し上がっていただく。

    その答えが、私たちの「鍋蕎麦」でした。

    蕎麦は、蕎麦の実を挽き、蕎麦切りとなり、日本人はそこへ出汁を合わせる知恵を育ててきました。

    これは、まさに日本料理の知恵です。

    私たちは十割蕎麦を打ち続ける中で、熱を加えた十割蕎麦の美味しさを、もっと引き出したいと考えました。

    その結果、一つの鍋で仕立てるという形にたどり着きました。

    鍋の中で出汁と旬の食材が調和し、十割蕎麦は最後まで美味しく味わえる。

    だから私たちは、この料理を「鍋蕎麦」と呼びます。

    鍋蕎麦屋とは、日本料理を一つの鍋で表現する蕎麦屋。

    出汁、呉汁、護摩、旬の食材。

    日本料理が育んできた知恵を、一つの鍋に込める。

    NABESOBA=鍋蕎麦です。護摩蕎麦ではありません。
    護摩蕎麦は、高ののNABESOBAを代表する一品です。
    普段の十割蕎麦も、火曜日の小麦蕎麦も、一食を設計する思想によってNABESOBAにつながっています

    それが、亀戸養生料理鍋蕎麦屋 高のです。

  • EDAMAME GOJIRU — THE NEXT GREEN FROM JAPAN, AFTER MATCHA #1

    EDAMAME GOJIRU — THE NEXT GREEN FROM JAPAN, AFTER MATCHA #1

    抹茶に代わる新しい日本の緑|枝豆の呉汁を世界へ

    GOJIRU STAYLE RAMEN

    そばから美しく。

    白く見えるこのスープは、豚骨ではありません。

    鶏白湯でもありません。

    呉汁の思想から生まれた一杯です。

    私は14年以上、大豆を煮続け、郷土料理「呉汁」の知恵を学び続けてきました。

    その思想から生まれたのが名代護摩蕎麦

    そして今、その哲学を手打ちラーメンへと受け継いでいます。

    GOJIRU STYLE RAMENは、ラーメンを作ることが目的ではありません。

    日本料理が大切にしてきた「身体に徳する食事」を、一杯の麺料理で表現すること。

    私は一品を作ったのではありません。

    一食を設計しました。

    超多加水の手打ち麺。

    大豆の旨味。

    日本の出汁。

    すべてが調和して、一杯の料理になります。

    護摩蕎麦からラーメンへ。

    その根底にあるのは、変わらないGOJIRU STYLEです。


    Not Tonkotsu.
    Not Chicken.
    GOJIRU STYLE.

    A New Japanese Ramen Culture

    SOBA TAKANO

    亀戸 養生料理 高の

    東京都江東区亀戸。

    十割蕎麦とGOJIRU STYLEを発信しています。

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