【タイトル】
僕の蕎麦が、やっと生まれた――油結びがくれた自由
今日、初めて分かったことがあります。
僕は、自分の思う好きな蕎麦粉を、自分の好きなようにブレンドして打ちたかった。
そして、自分の好きな出汁で食べてほしかった。
自分の好きな蕎麦です。
僕の蕎麦。
それが料理です。
油結びによって、ようやくその一杯を形にできるようになりました。
初めて油結びができた時よりも、今のほうが嬉しい。
なぜ油結びを生み出したのか、その意味が今日、初めて分かったからです。
【腕前を見せるための蕎麦ではなかった】
蕎麦には、さまざまなつなぎ方があります。
僕もいろいろと知り、試し、学んできました。
しかし、どこか乗り切れない気持ちがありました。
つなぐ技術そのものが主役になり、腕前を見せるために蕎麦を打っているように感じることがあったからです。
もちろん、それぞれの技術には意味があり、二八蕎麦を否定するつもりもありません。
ただ、僕が作りたかった蕎麦は、技術を証明するためのものではなかった。
蕎麦打ちは競技ではありません。
僕は料理人として、自分が本当に好きな蕎麦粉を選び、それを自分の出汁と結び、一杯の料理にしたかったのです。
今日、やっと腕前自慢から解き放たれた気がします。
技術を捨てたのではありません。
技術を自慢する必要がなくなったのです。
【油結びは、蕎麦を邪魔しない】
油結びは、食用油と水を先に十分に撹拌し、その仕込み水で蕎麦粉100%の生地を水回しする、僕の十割蕎麦の打ち方です。
この方法の一番素晴らしいところは、油結びそのものが主役にならないことです。
蕎麦粉の香り、粗さ、色、食感。
その粉が持つ個性を押さえ込まず、僕の好きなブレンドを蕎麦にできる。
さらに、油という栄養を一杯へ加えることができる。
油結びは、ただ切れにくくするための技術ではありません。
蕎麦を邪魔せず、蕎麦に新しい価値を加え、料理人を自由にする技術です。
油結びによって、僕は自由になりました。
【やっと二八から自由になれた】
これまでは、「この蕎麦粉はつながるか」「十割で打てるか」ということを先に考えていました。
けれど油結びによって、問いが変わりました。
「打てるか、打てないか」ではなく、
「どの蕎麦粉で、どんな蕎麦を料理したいのか」。
フランスの蕎麦粉も、粗挽きの蕎麦粉も、韃靼蕎麦も、自分が好きなら選べる。
十割は、純度や腕前を自慢するためのものではなかった。
料理人が蕎麦粉を自由に選ぶための十割だったのです。
やっと二八から解放された。
そして、好きな蕎麦粉で「僕の蕎麦」を作れるようになりました。
【なぜ、フランスの蕎麦粉を打つのか】
僕はこれまで、フランスの蕎麦粉で十割蕎麦を打つことに挑戦してきました。
今日初めて、その本当の理由が分かってきました。
日本の蕎麦打ちの腕前を、フランスで見せたいからではありません。
フランスの蕎麦粉を、日本の蕎麦粉と同じものにしたいからでもありません。
フランスの蕎麦粉の個性を消さず、その土地の粉で「僕の蕎麦」を料理したかったのです。
粉が変われば、香りも、粗さも、水の入り方も変わります。
油結びは、その違いを押さえ込むのではなく、受け入れるための方法でした。
その土地の蕎麦粉を、その土地の水と空気の中で蕎麦にする。
世界のどこにいても、料理人が好きな粉を選び、自分の蕎麦を作る。
これが、油結びの素晴らしいところです。
【結びたかったのは、蕎麦と出汁だった】
今思えば、僕が本当に結びたかったのは、蕎麦粉と水だけではなかったのだと思います。
僕が選んだ蕎麦粉と、僕が作ってきた出汁。
蕎麦と出汁を結びたかった。
蕎麦は蕎麦打ちの腕前として語られ、出汁は料理として語られる。
僕の中でも、長い間、その二つが別々だったのかもしれません。
けれど、本当に作りたかったものは、最初から一杯の料理でした。
好きな蕎麦粉を選ぶ。
好きな出汁を作る。
その二つが出会って、初めて「僕の蕎麦」になる。
油結びは、粉と水を結び、蕎麦と出汁を結び、日本とフランスを結び、最後に蕎麦打ちと料理人としての僕を結んでくれました。
【「未来へ蕎麦を」の意味】
僕は、ずっと「未来へ蕎麦を」と言ってきました。
しかし、その意味を自分でも十分に分かっていなかったのだと思います。
未来へ蕎麦を残すとは、昔からの形をそのまま守ることだけではない。
好きな蕎麦粉を選び、好きな出汁を作り、自分の一杯を料理として完成させる。
その自由を、次の料理人へ渡すことです。
未来へ残したいのは、僕が作った一杯だけではありません。
次の料理人が「僕の蕎麦」「私の蕎麦」を生み出せる可能性です。
以前、聖書の言葉から、考えることは自由なのだと受け取りました。
「すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。」
――コリントの信徒への手紙一 10章23節
考えることは自由。
試すことも自由。
けれど、それが料理として人のためになるのか。
油結びは、自由な発想から始まりました。
そして今、蕎麦を邪魔せず、自分の好きな一杯を作る自由を、僕に与えてくれました。
【僕の蕎麦が生まれた日】
初めて油結びができた日は、技術が生まれた日でした。
今日は、その技術が何のために生まれたのか分かった日です。
蕎麦をつなげた日より、料理人として自由になれた日のほうが嬉しい。
腕前自慢から解き放たれた時、僕の蕎麦打ちは料理になりました。
自分の思う、好きな蕎麦粉のブレンドで打つ。
自分の好きな出汁で食べてほしい。
これは、自分の好きな蕎麦です。
僕の蕎麦。
それが料理です。
僕の蕎麦が、やっと生まれた。
だから今、未来へ蕎麦を渡せる。
高野定義
亀戸養生料理鍋蕎麦屋高の











