フランスの蕎麦粉と、フランスの水で、十割蕎麦を打ちたい。
油結びは、その夢から始まった。
小麦粉を加えず、蕎麦粉100%で打つ。
日本から蕎麦粉を持って行くのではない。
その土地で育った蕎麦を、その土地の水で結ぶ。
それが、僕の考える「地蕎麦」である。
■2023年、帰りの飛行機で決めたこと
2023年、フランスでの活動を終え、日本へ帰る飛行機の中で、僕は次の挑戦を決めていた。
次は、フランス産蕎麦粉100%と、現地の水だけで十割蕎麦を打つ。
日本の蕎麦粉を持って行って打つのではない。
フランスの土地で育った蕎麦を、フランスの水で結ぶ。
粉も、水も、空気も違う。
日本で打つ十割蕎麦と、同じようにはいかないだろう。
それでも、小麦粉には頼りたくなかった。
帰りの飛行機の中から、次の試行は始まっていた。
■2024年、湯捏ねで挑んだ
2024年、僕はフランス産蕎麦粉100%の十割蕎麦に、湯捏ねで挑んだ。
日本にいるときから湯捏ねを繰り返し、フランスでも実践した。
ロバートでの二週間。
ジャパンエキスポSUD。
熱の力を借りれば、フランス産蕎麦粉100%でも麺としてつなげることができた。
湯捏ねは、間違いではなかった。
フランスの蕎麦粉に向き合うために必要だった、大切な技術である。
けれど、打てることと、その蕎麦粉を十分に活かすことは同じではなかった。
熱を利用すれば、麺はつながる。
その一方で、蕎麦の香りや、粗挽き粉のザクザクした力を、十分に残せていないように僕は感じた。
湯捏ねを否定したのではない。
湯捏ねで打てたからこそ、次の疑問が生まれた。
熱を使わず、小麦粉も加えずに、フランスの蕎麦粉を結ぶことはできないだろうか。
■フランスで出会った、柔らかなパン
2024年のフランスで、僕は柔らかなパンに出会った。
「なぜ、こんなに柔らかいのか」
そう尋ねると、返ってきた答えは、
「バターの量だ」
だった。
その言葉が、帰国する前から頭のどこかに残っていた。
油脂は、生地を変える。
ならば、小麦粉を使わない十割蕎麦にも、油脂を利用できるのではないか。
まだ「油結び」という名前も、明確な方法もなかった。
ただ、その発想の輪郭は、フランスで生まれ始めていた。
■名前のない試み
帰国後、僕は油を使った蕎麦打ちを試し始めた。
最初から、油と水を攪拌する現在の方法だったわけではない。
まず、水回しを終え、菊練りをしたあとの生地を、油のついた手で撫でた。
角出しをした生地の表面も、薄く油で撫でた。
油で蕎麦を固めようとしたのではない。
粗挽きの十割蕎麦は、延す途中で表面が乾き、細かなひびが入り、そこから切れてしまうことがある。
その弱い表面を、油で守ることはできないだろうか。
油をつけた手で撫でると、生地の表面が落ち着いた。
延したときの感触も変わった。
粗い蕎麦粉の粒を残したまま、生地が前へ進もうとする。
「これは、いけるかもしれない」
理屈が先にあったのではない。
最初にあったのは、手に残った感触だった。
■油結びの始まりは、粘土と漆喰だった
僕の頭にあったのは、料理だけではなかった。
粘土。
漆喰。
粘土を扱ったときの感触。
漆喰の表面を、職人が何度も手で撫でながら仕上げていく姿。
僕の中には、油が素材の表面を整え、乾燥やひび割れから守るという感覚が残っていた。
蕎麦の生地も、油のついた手で撫でたらどうなるだろう。
それが、最初の試みだった。
粘土、漆喰、そして蕎麦。
別々に見えていた経験が、少しずつ一つにつながり始めた。
■そばがきと、乳化させたいドレッシング
もう一つの原点は、そばがきだった。
蕎麦粉と水が変化していく様子を、そばがきを作りながら何度も見てきた。
さらに料理の中では、油と水分を分離させず、乳化したドレッシングにしたいと考えていた。
蕎麦粉。
水。
油。
それぞれ別に考えていたものが、頭の中で少しずつ結びついていった。
油を粉へ直接入れるだけでは、粉全体へ均一に届かない。
油を水へ入れるだけでも、すぐに分離する。
それなら、油と水を先に十分に攪拌し、油を細かく乳化・分散させた状態で蕎麦粉へ届けたらどうなるのか。
そこから、現在の油結びへつながる試行が始まった。
■フランスから届いたクルミ油
2024年の夏、来日したジュリアとミカちゃんから、フランス土産としてクルミ油をもらった。
オリーブオイルだけではない。
その土地の油を使えば、その土地の蕎麦と水を結ぶことができる。
蕎麦粉、水、油。
それぞれが同じ土地のものであれば、そこに新しい「地蕎麦」が生まれるかもしれない。
油は、単なる補助材料ではない。
土地と土地を結ぶ存在にもなり得る。
その考えが、少しずつ形になっていった。
■2024年9月、確信した日
2024年9月、ガレット職人のまろさんが来日した。
その頃、僕はすでに、名前のないまま油を使った蕎麦打ちを試していた。
けれど、公にはしていなかった。
フランス産蕎麦粉を使うときには、その土地のオリーブオイルを使うことも一つの演出として話せた。
しかし、日本の蕎麦粉へ油を使うことには、蕎麦職人として、どこか後ろめたさがあった。
これは十割蕎麦と言ってよいのだろうか。
蕎麦から逃げていることにならないだろうか。
僕は、まろさんに尋ねた。
「ガレットの生地に、油を入れますか」
まろさんは、
「入れる」
と答えた。
もちろん、ガレットと蕎麦は違う。
まろさんと僕の方法も同じではない。
けれど、蕎麦粉の性質を知るガレット職人も、生地に油を使っていた。
蕎麦粉と油を組み合わせることは、決して間違いではない。
その答えを聞いた瞬間、名前のないまま続けてきた自分の試みに、確信を持った。
2024年9月は、油結びを突然発明した月ではない。
続けてきた試みに、初めて確信を持てた月である。
■2025年も、フランスでは湯捏ねだった
2025年、僕は再びフランスで十割蕎麦を打った。
日本にいるときから湯捏ねを繰り返し、フランスでも湯捏ねによる十割蕎麦を実践した。
熱の力を利用すれば、フランス産蕎麦粉100%でも麺としてつなげることができる。
けれど、僕の中には、前年から続く違和感が残っていた。
打つことはできる。
しかし、もっと蕎麦を活かす方法があるのではないか。
熱ではなく、別の方法で結ぶことはできないだろうか。
その思いを抱えたまま帰国した。
■冷やした蕎麦湯と油
帰国後、最初に試したのは蕎麦湯だった。
前日に蕎麦湯を取り、冷やしておく。
その冷たい蕎麦湯と油を合わせ、蕎麦粉へ加えた。
蕎麦湯に含まれる蕎麦由来の成分と、油と水の乳化・分散を利用できないかと考えたのである。
これは、湯捏ねのように打つときに熱を加える方法ではない。
冷ました蕎麦湯を使い、油とともに蕎麦粉へ届ける試みだった。
結果を確かめながら、次第に方法を変えていった。
そして、蕎麦湯を使わず、水と油を先に十分に攪拌してから蕎麦粉へ加える、現在の油結びへ進んだ。
■感覚を、再現できる技術へ
手で撫でたら、生地の感触が変わった。
油を加える順番を変えたら、粉への届き方が変わった。
油と水を先に攪拌したら、油だけを別に入れたときとは違う生地になった。
そこで、乳化や油脂の分散に関する調理科学の資料を調べた。
攪拌の方法。
攪拌する時間。
油の割合。
水の温度。
粉への届け方。
油を多く入れればよいわけではない。
蕎麦の香りや食感を損なわず、粗挽き十割蕎麦の結びを助ける範囲を探す。
感覚から始まった試みを一つずつ確かめ、繰り返すことのできる技術へ近づけていった。
■油結びとは何か
油結びとは、蕎麦粉へ油を直接混ぜ込むだけの方法ではない。
水と少量の油を先に十分に攪拌し、油を細かく乳化・分散させた状態で蕎麦粉へ届ける。
その水で粉全体を均一に潤し、粗挽き蕎麦粉100%の生地を結びへ導く方法である。
現在の記録例では、油100ccと水600ccを攪拌して仕込み水を作っている。
ただし、蕎麦粉の産地、挽き方、粒度、季節、湿度によって必要な加水は変わる。
毎日の加水は、粉の状態を手で確かめながら調整する。
大切なのは、油の量だけではない。
油と水を先に攪拌すること。
粉全体へ均一に届けること。
最後は、自分の手で粉の状態を読むことである。
油結びは、油で蕎麦を固める技術ではない。
粗挽き粉の粒を残し、乾燥やひび割れを抑えながら、蕎麦本来の香りと食感を活かすための試みである。
■目指している蕎麦
目指しているのは、細くて喉越しのよい蕎麦ではない。
黒くて、太い。
ザクザク噛む。
蕎麦という穀物を、歯と身体で味わうための蕎麦である。
粗挽きの粒を消して、均一で滑らかな麺にするのではない。
粒を残しながら、麺にする。
油結びは、そのための技術である。
■同じ公開例は、まだ確認できていない
蕎麦粉を使った麺生地へ油を加えた例が、世界にまったく存在しないわけではない。
海外には、蕎麦粉、澱粉、サイリウム、油、水などを組み合わせたグルテンフリーのバックウィートパスタもある。
しかし、それは蕎麦粉100%ではなく、油と水を先に攪拌して粗挽き十割蕎麦の水回しに使う方法とも異なる。
現在確認できる公開資料の範囲では、
「水と少量の油を先に攪拌し、乳化・分散させた仕込み水で、粗挽き蕎麦粉100%の手打ち蕎麦を打つ」
という油結びと同じ実践記録は見つかっていない。
ただし、世界初とは断定しない。
もし同じ考えへ先にたどり着いた人がいれば、その記録を知りたい。
先人がいれば敬意を払い、互いの方法の違いを確かめたい。
それは、油結びの可能性をさらに深めることになる。
大切なのは、誰が一番かではない。
いつ、なぜ考え、何を試し、どのような違いが生まれたのかを、日付の残る形で記録することである。
■名前のない試みを、歴史に残す
油結びは、ある日突然生まれたものではない。
2023年、フランスから帰る飛行機の中で決めた、次の挑戦。
2024年、フランスで湯捏ねにより打った十割蕎麦。
柔らかなパンと、「バターの量だ」という言葉。
帰国後、油のついた手で蕎麦生地を撫でた、名前のない試み。
ジュリアとミカちゃんが届けてくれた、フランスのクルミ油。
まろさんから聞いた、ガレットにも油を入れるという答え。
2025年、再びフランスで続けた湯捏ね。
帰国後に試した、冷たい蕎麦湯と油。
そして、水と油を先に攪拌する現在の方法。
別々に見えていた経験が、一つずつつながって生まれた。
理屈が先にあったのではない。
やってみなければ、分からなかった。
僕は、やった。
手で触れ、失敗し、切れ方を見て、もう一度打った。
その積み重ねに、後から理屈が追いついてきた。
これが、僕の油結びである。
2025年から、フランスでの蕎麦打ちワークショップでも、現地の蕎麦粉と向き合いながら、この経験を伝えている。
油結びは完成ではない。
粉が変われば、答えも変わる。
土地が変われば、水も油も変わる。
だから、この物語はまだ途中にある。
フランスの蕎麦粉。
フランスの水。
フランスの油。
その土地のものを、その土地で結ぶ。
僕はこれからも、十割蕎麦という一杯の中に、新しい「地蕎麦」を探し続ける。
【油結びの年表】
2023年
フランスから帰国する飛行機の中で、次はフランス産蕎麦粉100%と現地の水で十割蕎麦を打つことを決意する。
2024年
フランスで湯捏ねによる十割蕎麦に挑戦。ロバート、ジャパンエキスポSUDで実践する。
2024年・フランス滞在中
柔らかなパンについて尋ね、「バターの量だ」という答えを聞く。油脂が生地を変えるという感覚が残る。
2024年・帰国後
小麦粉を使わずにフランス産蕎麦粉を結ぶ方法を考え、油を使った試行を始める。菊練り後や角出し後の生地を、油のついた手で撫でる。
2024年夏
来日したジュリアとミカちゃんから、フランス土産のクルミ油を受け取る。蕎麦粉、水、土地の油を結ぶ考えが形になり始める。
2024年9月
来日したガレット職人のまろさんへ、生地に油を入れるか尋ねる。「入れる」という答えを聞き、自分の試みに確信を持つ。
2025年
日本とフランスで、湯捏ねによる十割蕎麦を続ける。
2025年・帰国後
前日に取って冷やした蕎麦湯と油を使う方法を試す。その後、水と油を先に攪拌して粉へ均一に届ける方法へ改良する。
現在
水と少量の油を十分に攪拌し、乳化・分散させた仕込み水で、粗挽き蕎麦粉100%を打つ「油結び」として記録と実践を続けている。
【記録】
油結びによる十割蕎麦打ちの工程、配合、変化は、YouTube、Instagram、Facebookで継続して公開しています。
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