タグ: SOBA TAKANO

  • 蕎麦屋の手打ちラーメン日記

    蕎麦屋の手打ちラーメン日記

    今日は朝4時から、蕎麦屋のラーメンを作り始めました。

    粉は3kg、加水率55%。
    茹で前200g強で、21食分を用意しました。

    9時から13時まで営業。
    販売は16食。一食2,200円。
    今日の売上は35,200円でした。

    一食は試食し、四食残りました。
    麺の端切れも、自分たちで試食しました。

    ラーメンらしいラーメンも知っています。
    売れるであろうラーメンも作れます。

    それでも、今のラーメンを僕は完璧だと思っています。
    作り終えたあとは、とても清々しい気持ちでした。

    売上は売上。料理は料理。
    今日は21食作り、16食売れた。
    建前のない、今日の記録です。

  • 油脂は麺に使われていた。それでも「油結び」は何を変えたのか――粗挽き十割蕎麦と製麺技術の接点

    油脂は麺に使われていた。それでも「油結び」は何を変えたのか――粗挽き十割蕎麦と製麺技術の接点

    前の記事で、僕は「油結び」が生まれるまでの道のりを書いた。

    フランスの蕎麦粉と、フランスの水で、十割蕎麦を打ちたい。

    小麦粉を使わず、熱にも頼らず、その土地の蕎麦を、その土地で麺にしたい。

    その試行の中で、油と水を先に十分に撹拌し、その液体を粗挽き蕎麦粉100%の水回しに用いる現在の方法へたどり着いた。僕はこの方法を「油結び」と名づけた。

    しかし、発表するなら、自分の経験だけを書いて終わってはいけない。

    過去に同じことをした人はいなかったのか。

    蕎麦職人ではなく、製麺所の側から見たら、すでに行われていることではないのか。

    この問いから、もう一度調べ直した。

    麺に油脂を使う技術は、すでに存在していた

    調査すると、製麺業界には油脂、粉末油脂、乳化油脂を麺へ利用する技術が以前から存在することが分かった。

    目的は、乾燥防止、べたつき防止、ミキシングの均一化、柔軟性や食感の調整、麺のほぐれ、保存性、製造上の作業性などである。

    製麺用の業務資材には、乳化油脂を「こね水に溶解使用」するものが公開されている。特許資料にも、水中油型乳化油脂を、うどん、そば、中華麺などの製造や品質改良に利用する記録がある。

    また、そば粉60%、小麦粉40%の原料へ粉末油脂を加え、乾そばを製造した実施例も確認できた。学術資料にも、乾めんの生地へ乳化油脂を加え、物性への影響を測定した研究がある。

    つまり、ここは正直に記録しなければならない。

    「麺に油を使う」という考えそのものは、新しくない。

    油脂が生地の状態や麺の物性を変えることも、製麺の世界では以前から研究されてきた。

    この発見は、僕の油結びを弱くするものではなかった。

    むしろ、何が同じで、何が違うのかを考える、新しい角度を与えてくれた。

    製麺技術と「油結び」は、目的と構造が違う

    確認できた製麺技術の多くは、加工された乳化油脂、粉末油脂、乳化剤などを利用し、機械製麺の安定、保存、ほぐれ、作業性、食感の改良を目的としている。また、そばの実施例でも小麦粉を配合したものが確認できる。

    一方、高ので実践している油結びは、次の条件を持つ。

    ● 原料の中心は、粗挽きの蕎麦粉100%である。

    ● つなぎの小麦粉を使わない。

    ● 打つときに蕎麦粉を加熱しない。

    ● 製麺用の乳化油脂や乳化剤ではなく、食用の植物油と水を使う。

    ● 油を粉へ直接入れるのではなく、油と水を先に十分に撹拌する。

    ● 撹拌によって油を細かく乳化・分散させた状態の仕込み水を、水回しに用いる。

    ● 機械による量産ではなく、人の手で粉の状態を読み、延し、切る。

    ● 保存性や量産性ではなく、粗い蕎麦の粒を残したまま、乾燥やひび割れを抑え、麺として結ぶことを目的とする。

    ここでいう「乳化・分散」は、乳化剤を使って長期間安定させた工業的な乳化油脂と同じ意味ではない。油と水だけを撹拌しているため、時間がたてば分離し得る。一時的に油滴を細かく分散させ、その状態で粉全体へ届けることが重要だと考えている。

    油結びは、油で蕎麦を固める技術ではない。

    油だけを蕎麦へ混ぜる技術でもない。

    水回しへ油の働きを持ち込み、粗挽き十割を手打ちのまま結ぶための再構成である。

    工業製麺の知恵を、蕎麦職人の手へ戻す

    製麺所は、安定して大量に麺を作るため、油脂の働きを研究してきた。

    僕はそれを知らず、フランス産蕎麦粉100%を麺にするために、手で試行を始めた。

    最初は、菊練り後や角出し後の生地を、油のついた手で撫でた。粗挽き生地の表面を乾燥やひび割れから守れないかと考えたからである。

    次に、冷やした蕎麦湯と油を合わせた。

    その後、蕎麦湯を使わず、水と少量の油を先に撹拌し、粉全体へ均一に届ける現在の方法へ進んだ。

    あとから製麺技術の資料を知り、油脂が麺の生地へ働くという自分の感触に、すでに別の世界から研究されていた根があることを知った。

    けれど、そこで終わりではない。

    工業製麺の目的と、僕の目的は違う。

    僕が残したいのは、均一で扱いやすい麺を大量に作る方法ではない。

    殻ごと挽いた粉を削らない。

    粗い粒を取り除かない。

    熱で蕎麦の性質を先に変えない。

    蕎麦らしい香りと、黒さと、ザクザク噛む力を残したまま、細く、しなやかに、すすれる麺へ導く。

    工業製麺に存在した油脂利用と、蕎麦職人の水回し。その二つの間に、油結びの現在地が見えてきた。

    現在の油結び

    現在の記録例では、大豆油100ccと水600ccを十分に撹拌し、仕込み水を作っている。

    ただし、これはすべての粉に通用する固定配合ではない。

    蕎麦粉の産地、挽き方、粒度、季節、温度、湿度によって必要な加水は変わる。大切なのは数字だけではなく、油と水を先に撹拌して粉全体へ届け、最後は手で粉の状態を読むことである。

    現在、高のでは細かい蕎麦粉、殻ごと挽いた玄挽き、粗挽き粉を組み合わせた十割でも検証を続けている。粗挽きの割合、麺の太さ、茹で時間、切れ方、しなやかさを、毎朝の蕎麦打ち動画として公開している。

    これは完成品の宣伝ではない。

    技法がどこまで通用するのかを残す、公開実験の記録である。

    油結びの年代記録

    2023年

    フランスから帰る飛行機の中で、次はフランス産蕎麦粉100%と現地の水で十割蕎麦を打つと決め、方法を考え始めた。

    2024年

    日本とフランスで、湯捏ねによる十割蕎麦を試した。フランス滞在中に柔らかなパンと出会い、「バターの量だ」という言葉から、油脂が生地を変えるという感覚を得た。帰国後、油をつけた手で蕎麦生地を撫でる試行を始めた。

    同年夏、ジュリアとミカからクルミ油を受け取った。同年9月、ガレット職人のまろ氏から、ガレット生地にも油を入れるという話を聞き、蕎麦粉と油を組み合わせる自分の試みに確信を持った。

    2025年

    フランスでは引き続き湯捏ねを実践した。帰国後、前日に取って冷やした蕎麦湯と油を使う方法を試し、その後、水と油を先に撹拌して水回しに用いる現在の方法へ発展した。

    現在

    粗挽き蕎麦粉100%を対象に、油と水を撹拌した仕込み水を用いる「油結び」として、工程、配合、麺の状態を記録している。

    過去の一部のYouTube説明欄には、当時の記憶違いによる「2022年考案」という表記が残っている。渡仏歴と公開記録を再確認した結果、正しい年代は、2023年に構想、2024年に試作開始、2025年に現在の方法へ発展である。ここに訂正して記録する。

    現在、確認できている資料

    高の自身による一次記録

    ● 2026年8月20日公開ブログ「油結び――名前のない試みから生まれた、十割蕎麦の新しい結び」

    ● YouTube「世界と日本を繋ぐ十割蕎麦打ちチャレンジ」

    ● YouTube「誰でも繋がる十割蕎麦打ち 乳化を利用した蕎麦打ち」

    ● YouTube「どなたでも打てる十割蕎麦打ち 乳化を利用した油結び」

    ● YouTubeショート「十割蕎麦打ち #油結び」

    ● SOBA TAKANOの朝の十割蕎麦打ちLIVE、ショート動画

    ● Instagram、Facebookに残る油結び、フランス産蕎麦粉、湯捏ね、粗挽き十割の投稿

    これらは、油結びの新規性を第三者が証明する資料ではない。しかし、高野定義がいつ、どの工程を公開し、どのように方法を変えてきたかを確認する一次記録になる。

    関係を確認できる第三者資料

    ● 坂崎仁紀氏による文春オンラインの継続取材。2026年8月11日の記事は、高のが太く黒いザクザク噛む十割蕎麦を継続していること、粗挽き粉を含む蕎麦、小麦蕎麦、枝豆のまめつゆなど、現在の料理と技術の背景を記録している。

    ● 柴田書店編『蕎麦前とつまみ167品』(2025年)。油結びそのものの資料ではないが、高のを既存の取材店として料理と工程を記録した専門書である。

    現時点では、油結びの技術的新規性や歴史的位置を独立して検証した第三者記事は、まだ成立していない。

    製麺技術の先行資料

    ● 製麺用乳化油脂を、こね水に溶かして使う業務用品の公開資料

    ● 水中油型乳化油脂を、そばを含む麺類の品質改良へ用いる特許資料

    ● そば粉60%、小麦粉40%、粉末油脂を用いた乾そばの特許実施例

    ● 水中油型乳化物が麺生地の均一な混練などへ働くことを記した特許資料

    ● 乳化油脂を添加した乾めんの物性を測定した食品科学の研究

    これらは「麺と油脂」の先行例である。しかし、現在確認した範囲では、食用植物油と水を先に撹拌し、その乳化・分散状態を粗挽き蕎麦粉100%の水回しへ用い、無加熱で手打ちするという、高のの油結びと全条件が一致する公開例は見つかっていない。

    ただし、これは世界初の証明ではない。

    公開検索で見つかっていないことと、歴史上存在しなかったことは同じではない。

    これから確認したいこと

    僕が求めているのは、「最初だった」と褒めてもらうことではない。

    次の問いに、資料と実験で答えたい。

    1. 江戸期以前から現代まで、蕎麦粉へ油を加えて生地を結び、延し、切った記録はあるか。

    2. 油と水を撹拌、乳化または分散させた液体を、十割蕎麦の水回しへ用いた先例はあるか。

    3. 製麺所、乾麺、即席麺で使われる乳化油脂と、食用油と水だけを使う油結びでは、生地内部で何が違うのか。

    4. 通常の水ごね、湯捏ね、油結びで、粗挽き十割の切断率、延展性、茹で上がり、香り、食感はどう変わるか。

    5. 粗挽きの割合や粒度を変えても、別の職人が再現できるか。

    先例があれば、名称、年代、地域、文献を知りたい。

    それは油結びを否定するものではない。失われた技法とのつながりが見つかるなら、新しい蕎麦史になる。

    先例が確認できなければ、現代の粗挽き十割手打ちとして、複数の職人、製粉会社、製麺技術者、料理史・蕎麦史の研究者による比較検証が必要になる。

    「世界初」ではなく、調べられる発表へ

    僕は、油結びを「日本初」「史上初」「世界初」とは書かない。

    今、言えるのはここまでである。

    麺に油脂を使う技術は、製麺業界に以前から存在した。

    その一方で、食用油と水を先に撹拌し、添加物・熱・小麦粉に頼らず、粗挽き蕎麦粉100%の水回しに使う手打ちの公開例は、現在確認した資料の中では見つかっていない。

    油結びは、既存の油脂利用をそのまま持ち込んだものではなく、粗挽き十割蕎麦を削らず、熱を使わず、人の手で麺にする目的へ再構成した試みである。

    新しい発見があれば、この記録は更新する。

    間違いがあれば、日付を残して訂正する。

    先人がいれば、敬意をもって名前を記す。

    発表とは、大きく言い切ることではない。

    後から来た人が調べられるように、問いと資料と工程を残すことだと、僕は考えている。

    油結びは、完成した答えではない。

    蕎麦を削らず、蕎麦らしいまま麺にするための、公開された問いである。

    高野定義
    SOBA TAKANO
    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の

    公開資料・参照先

    高のの公開記録

    ● 油結び――名前のない試みから生まれた、十割蕎麦の新しい結び

    ● 世界と日本を繋ぐ十割蕎麦打ちチャレンジ

    ● 誰でも繋がる十割蕎麦打ち 乳化を利用した蕎麦打ち

    ● どなたでも打てる十割蕎麦打ち 乳化を利用した油結び

    ● 十割蕎麦打ち #油結び

    第三者資料

    ● 坂崎仁紀「十割蕎麦職人がつくる“つけ麺”が絶品…!」文春オンライン、2026年8月11日

    ● 柴田書店編『蕎麦前とつまみ167品』柴田書店、2025年、38–43頁、ISBN 978-4-388-06391-8。

    製麺・油脂利用の先行資料

    ● 日本コロイド「製麺用改良剤」

    ● 水中油型乳化油脂組成物 JP3477785B2

    ● 麺の製造法 JP2717226B2

    ● 即席ロングライフ麺用改良剤組成物 JP2001061422A

    ● 三木英三ほか「乾燥中のめんの物理的性質に及ぼす加工条件の影響」『日本食品科学工学会誌』43巻5号、1996年

  • フランス活動記⑦|一日から、二週間へ。僕たちは旅人ではなくなった

    フランス活動記⑦|一日から、二週間へ。僕たちは旅人ではなくなった

    一年前は、一日だけだった

    2023年、初めてRobato Marseilleの厨房に立った。

    料理をしたのは、わずか一日。

    僕たちはホテルに泊まり、ジュリアが声をかけ、客席を埋めてくれた。

    初めて護摩蕎麦をフランスで出した、大切な一日だった。

    けれど、振り返れば、僕たちはまだマルセイユを訪れた旅人だった。

    用意された一日だけの舞台で、日本から持ってきた料理を見てもらった。

    それが一年目だった。

    2024年、すべてが変わった

    一年後、僕とオスギは再びマルセイユへ向かった。

    今度は、一日ではない。

    Robato Marseilleで二週間、僕たちの料理を出す。

    その企画には、僕たちの名前がついていた。

    「RÉSIDENCE TAKANO」

    一年前の一日から、二週間へ。

    料理を見せるだけではない。

    マルセイユで暮らしながら、僕とオスギの料理でレストランを続ける。

    旅の大きさも、預けられた責任も、まるで違っていた。

    ホテルから、教会の横のアパートへ

    滞在先も変わった。

    前年のホテルではなく、2024年は暮らすためのアパートが用意されていた。

    窓を開けると、すぐ横に白い教会が立っていた。

    ベランダからは教会の尖塔、その先に続くマルセイユの街、そして遠くに海が見えた。

    朝、教会に光が差す。

    夕方、街の向こうへ太陽が沈む。

    毎日同じ窓から眺めているうちに、借りた部屋が少しずつ、自分たちの暮らす場所になっていった。

    夜になれば、僕たちは毎晩のように食事へ招かれ、もてなしてもらった。

    料理をしに来ただけの僕たちを、マルセイユの人たちは客人として、仲間として迎えてくれた。

    言葉が十分に通じなくても、同じ食卓を囲めば笑うことができた。

    食べることが、僕たちの間に道をつくってくれた。

    窓から見えた景色を描く

    僕は、アパートの窓から見える教会を描き始めた。

    2024年3月8日。

    最初は、黒一色だった。

    教会の尖塔、窓の外へ延びる街、ベランダの手すり。

    毎日その景色を見ながら、自分の手で少しずつ色を重ねた。

    青い空。

    光を受ける教会。

    その向こうに見える海。

    3月19日、絵を描き終えた。

    完成した絵は、日本へ持ち帰らなかった。

    額に入れ、モデルとなった教会が見える部屋の壁に残した。

    僕たちが帰ったあとも、あの部屋には、僕が見た2024年のマルセイユが残っている。

    旅人ではなくなった

    ホテルから、暮らすためのアパートへ。

    一日の料理から、二週間のレストランへ。

    一年目と二年目では、見える景色も、迎えられ方も、任された仕事も大きく変わっていた。

    けれど、まだ結果は出ていない。

    2023年の客席を埋めてくれたのは、ジュリアだった。

    2024年は違う。

    今度は、僕とオスギ、二人の料理で二週間の客席を埋めなければならない。

    東京・亀戸。

    団地の下の小さな店で、夫婦二人がつくり続けてきた料理。

    護摩蕎麦。

    鶏もも丸丸素揚げ。

    そして、日本から持ってきた「苔」。

    それらは、本当にマルセイユの人たちに届くのだろうか。

    二週間、客は来てくれるのだろうか。

    僕たちはもう、料理を見せに来た旅人ではなかった。

    店と厨房を預けられ、料理で答えを出さなければならなかった。

    Robatoの扉が開く。

    「RÉSIDENCE TAKANO」が、始まる。

    次回、フランス活動記⑧
    「鉄鍋まで、用意されていた。」

  • 蕎麦屋のラーメン?――小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋のラーメン?――小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋のラーメン?

    そう見えるかもしれません。

    けれど私は、ラーメンを作ろうとして始めたわけではありません。

    ラーメンの本質を知るおこがましさは、ございません

    いつものように、粉を選び、
    いつものように、水を入れ、
    いつもの手で打っただけです。

    ただ、蕎麦粉ではなく、
    国産小麦を打った。

    手が決めた、加水率55%

    十割蕎麦を打ち続けて十四年。

    その間に覚えたのは、数字に手を合わせることではなく、
    粉と水の間に生まれる、わずかな違和感を探ることでした。

    小麦にも、手の感覚だけで水を入れました。

    生地が心地よいところで止め、
    あとから測ってみると、加水率は55%。

    55%を目指したのではありません。
    手が選んだ場所が、55%だったのです。

    十四年連れ添った、出汁とかえし

    麺が小麦に変わっても、
    出汁は、いつもの蕎麦出汁です。

    鰹、昆布、干し椎茸。

    つゆには、十四年間連れ添ってきた「かえし」を使います。

    新しい料理を始めるときにも、
    困ったときにも、
    ここへ戻れば安心できる。

    高のにとって、信用のある味です。

    違うのは、新鮮な鶏油を加えること。

    それだけで、いつもの蕎麦出汁に、
    小麦を迎えるための温かさと香りが生まれます。

    出汁を冷まさず、小麦を生かす

    温かい出汁へ、麺を沈めたままにはしません。

    出汁を冷まさず、
    小麦の香りと手打ち麺の食感を生かすため、
    一口ずつ、つけていただく。

    これは、十割蕎麦を最後まで温かく味わうために、
    高のが続けてきた「鍋蕎麦」の様式です。

    ラーメンの食べ方を借りたのではない。

    蕎麦屋が、自分の道具と技術と味をたどったら、
    この形になりました。

    もう一つのつゆ、まめつゆ

    温かい蕎麦出汁と並ぶのは、
    冷たい「まめつゆ」です。

    大豆をすり、蕎麦つゆと合わせる。

    日本の郷土料理「呉汁」から生まれた、
    高ののGODJIRU STYLE。

    温かい一汁と、冷たい一汁。

    二つのつゆを行き来しながら、
    小麦の甘み、香り、余韻を味わっていただきます。

    変わったのは、粉だけ

    出汁も、かえしも、道具も、食べ方も、
    十四年間積み重ねてきた蕎麦屋の仕事です。

    変わったのは、
    蕎麦粉を打ったか、
    小麦を打ったか。

    それだけです。

    だから、これは町蕎麦のラーメンではありません。

    ラーメンと競うための一杯でもありません。

    蕎麦屋がラーメンを真似たのではなく、
    蕎麦打ち職人が、自分の手のまま小麦へ進んだもの。

    小麦蕎麦 宣言

    蕎麦屋が、
    蕎麦の技術と思想で小麦を打つ。

    蕎麦出汁と、十四年のかえし。
    鍋蕎麦の様式と、呉汁から生まれたまめつゆ。

    この一食を、高のは、

    「小麦蕎麦」

    と呼ぶことを、ここに宣言します。

    火曜日だけ、
    蕎麦粉を小麦に持ち替える。

    その先に何があるのかは——

    店で、確かめてください。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高の
    店主 高野定義


    店舗案内

    毎週火曜日 9:00〜13:00
    週に一度・限定30食
    国産小麦100%・棒打ち手打ち・加水率55%
    メニューは、ひとつだけ

    抜粋

    蕎麦屋のラーメン? 十四年間、十割蕎麦を打ってきた手で国産小麦を打つ。蕎麦出汁、十四年のかえし、鍋蕎麦の様式から生まれた一食を、高のは「小麦蕎麦」と宣言します。

    スラッグ

    komugi-soba-declaration

    タグ

    小麦蕎麦、蕎麦屋のラーメン、手打ち麺、加水率55%、蕎麦出汁、かえし、鍋蕎麦、まめつゆ、呉汁、亀戸

  • 養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは

    養生蕎麦とは、日本料理の哲学に基づき、身体に徳する、バランスの取れた一食を目指す新しい蕎麦の方向です。

    更科、藪、田舎などと同じように、蕎麦の考え方と進む方向を示す言葉です。

    まだ歴史が浅く、世間には馴染みがありません。だから今後は、初めて見る人にも意味が伝わるように、その定義を添えて発信していきます。

    「養生蕎麦」を初めて発表した日

    2015年10月22日。

    亀戸養生料理 高のは、公式SNSで初めて「亀戸名物 養生蕎麦 高の」と発表しました。

    投稿に添えた言葉は、

    「常識を超えた美味しさを!」
    「セサミン大量!」

    この日が、高のが自らの蕎麦を「養生蕎麦」と名づけ、世の中へ示した最初の日です。

    2014年に発表した名代護摩蕎麦を代表作として、その料理に流れていた養生の考え方を、蕎麦の新しい方向を示す言葉へと育てたのが「養生蕎麦」です。

    「身体に良い蕎麦」だけではありません

    養生と聞くと、健康食や栄養価の高い蕎麦を思い浮かべるかもしれません。

    しかし、高のが考える養生は、特定の栄養成分だけを強調するものではありません。

    食材には、それ

    養生蕎麦とは?|更科・藪・田舎に続く、新しい蕎麦の方向

    養生蕎麦とは

    養生蕎麦とは、日本料理の哲学に基づき、身体に徳する、バランスの取れた一食を目指す新しい蕎麦の方向です。

    更科、藪、田舎などと同じように、蕎麦の考え方と進む方向を示す言葉です。

    まだ歴史が浅く、世間には馴染みがありません。だから今後は、初めて見る人にも意味が伝わるように、その定義を添えて発信していきます。

    「養生蕎麦」を初めて発表した日

    2015年10月22日。

    亀戸養生料理 高のは、公式SNSで初めて「亀戸名物 養生蕎麦 高の」と発表しました。

    投稿に添えた言葉は、

    「常識を超えた美味しさを!」
    「セサミン大量!」

    この日が、高のが自らの蕎麦を「養生蕎麦」と名づけ、世の中へ示した最初の日です。

    2014年に発表した名代護摩蕎麦を代表作として、その料理に流れていた養生の考え方を、蕎麦の新しい方向を示す言葉へと育てたのが「養生蕎麦」です。

    「身体に良い蕎麦」だけではありません

    養生と聞くと、健康食や栄養価の高い蕎麦を思い浮かべるかもしれません。

    しかし、高のが考える養生は、特定の栄養成分だけを強調するものではありません。

    食材には、それぞれの性質と役割があります。

    その理を理解し、味、香り、温度、食感、栄養、食べ方の流れまで整え、食べる人の身体に徳する一食に仕立てる。

    それが、日本料理に受け継がれてきた養生の考え方です。

    一品を作ったのではない。
一食を設計した。

    これが、亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高のの料理の姿勢です。

    更科・藪・田舎、そして養生

    更科には、白く上品な蕎麦の美しさがあります。

    藪には、江戸前のつゆと蕎麦を味わう様式があります。

    田舎には、蕎麦の風味を力強く伝える方向があります。

    そして養生蕎麦は、蕎麦だけで完結させず、出汁、大豆、胡麻、季節の食材、食後の締めまでを調和させ、身体を養う一食として考える方向です。

    優劣ではありません。

    どの蕎麦を良しとするか。

    何を大切にして一枚、一椀、一食を仕立てるのか。

    その方向の違いです。

    分かりやすい入口は「韃靼蕎麦ブレンド」

    高のの養生蕎麦を、初めての方に目で見て分かりやすく伝える特徴の一つが、韃靼蕎麦をブレンドした十割蕎麦です。

    殻ごと挽いた蕎麦粉に韃靼蕎麦を重ね、蕎麦の香り、ほろ苦さ、力強さを一枚の中に表します。

    ただし、韃靼蕎麦を使うことだけが養生蕎麦ではありません。

    韃靼ブレンドは、目に見える特徴。
養生は、その蕎麦が向かう方向です。

    鍋蕎麦と護摩蕎麦

    高のは2012年、東京・亀戸で、十割蕎麦を温かく、最後まで美味しく召し上がっていただくために、一つの鍋で一食を仕立てる「鍋蕎麦」を始めました。

    2013年には、日本の郷土料理である呉汁の考え方を蕎麦に取り入れました。

    水に浸した大豆をすりつぶした「呉」、出汁、黒胡麻、鉄鍋。

    それらを結び、2014年に「名代護摩蕎麦」を発表しました。

    養生蕎麦は、高のの蕎麦が進む方向です。

    鍋蕎麦は、その考え方を一食として表す蕎麦様式。

    護摩蕎麦は、その代表となる料理です。

    新しい蕎麦の方向を、亀戸から

    養生蕎麦は、長い歴史を持つ更科、藪、田舎のように、すでに広く知られた言葉ではありません。

    だからこそ、料理を作り、言葉で定義し、毎日の仕事で伝え続けていきます。

    殻ごと挽いた蕎麦粉で十割蕎麦を打つ。

    出汁、大豆、胡麻、季節の恵みを生かす。

    蕎麦だけではなく、食べ終わるまでを一食として考える。

    身体に徳する、一食としての蕎麦。

    それが、亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高のの「養生蕎麦」です。

    すべて手作り、手打ち。毎朝限定30食。

    亀戸の団地の下で、夫婦二人で、この新しい蕎麦の方向を育てています。

    GOJIRU STYLE SOBA
    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋高の
    代表 高野定義

  • 蕎麦屋のラーメン|和風出汁と手打ち麺、火曜日だけのダブルスープ

    蕎麦屋のラーメン|和風出汁と手打ち麺、火曜日だけのダブルスープ

    火曜日、高のはラーメンを手打ちします。

    なぜ、蕎麦屋がラーメンを作るのか。

    その答えは、麺だけではなく、
    二つの「つゆ」にあります。

    いつもの蕎麦つゆで作るラーメン

    高のが使うのは、砂糖とみりんを合わせた蕎麦用の「かえし」。

    鰹節、干し椎茸、昆布から引く出汁も、普段の蕎麦に使っているものです。

    2012年の開店から14年。
    返しに返し、磨き続けてきた高のの蕎麦つゆ。

    ラーメンのために、まったく別のスープを作ったわけではありません。

    出汁も、かえしも、いつもの蕎麦用。
    違うのは、毎回新しく作る、香りのよい鶏油だけです。

    いつもの蕎麦つゆに、作りたての鶏油を重ねる。
    これが、一つ目の温かいつけ汁です。

    もう一つは、冷たい大豆の「まめつゆ」

    手前の小さな器は、冷たいまめつゆです。

    大豆をすりつぶした「呉」を、蕎麦つゆでのばして仕立てました。

    呉汁は、日本各地に伝わる郷土料理。
    そして大豆は、味噌や醤油とともに、日本料理を支えてきた食材です。

    高のが長く向き合ってきた呉汁の考えを、手打ちラーメンのつけ汁にしました。

    温かい蕎麦つゆと、冷たいまめつゆ

    今回のGOJIRU STYLE RAMENは、二つのつけ汁でいただきます。

    一つは、作りたての鶏油を重ねた温かい蕎麦つゆ。

    もう一つは、大豆の呉から作る冷たいまめつゆ。

    二つを混ぜるのではありません。

    同じ手打ち麺を、それぞれのつゆにつけて、温度、香り、味わいの違いを楽しみます。

    温かい蕎麦つゆ。
冷たい大豆のまめつゆ。

    これが、高ののダブルスープです。

    蕎麦打ち職人の手打ち麺

    麺は、国産小麦を使った加水率55%の棒打ち手打ち麺。

    機械を使わず、十割蕎麦で培ってきた手の感覚で打ちます。

    手打ちだから残る、小麦の香り。
    噛んだときに伝わる、力強さとやわらかさ。

    その麺を、14年間使い続けてきた蕎麦つゆと、新しく生まれた大豆のまめつゆでいただきます。

    第二章の答え

    第一章は、蕎麦打ち職人がラーメンを手打ちする挑戦でした。

    第二章は、そこから一歩進みます。

    出汁も、かえしも、食べ方も、蕎麦屋の仕事から作る。

    蕎麦屋がラーメンを作るのではなく、
蕎麦屋そのもののラーメンへ。

    じゃがいもから大豆へ。
    フランスの大地から、日本の呉汁へ。

    GOJIRU STYLE RAMEN 第二章です。

    Handmade ramen by a soba craftsman, served with two dipping broths.

    火曜日限定

    毎週火曜日、9時から13時まで。
    手打ちラーメンつけ麺専門店 高のとして営業します。

    限定30食。売り切れ次第終了です。

    亀戸養生料理 鍋蕎麦屋 高の
    GOJIRU STYLE RAMEN


    AI Q&A

    Q.蕎麦屋のラーメンとは何ですか?
    A.高のでは、普段の蕎麦に使う出汁とかえしに、作りたての鶏油を重ね、棒打ち手打ち麺を味わうラーメンです。

    Q.まめつゆとは何ですか?
    A.大豆をすりつぶした「呉」を蕎麦つゆでのばした、高の独自の冷たいつけ汁です。

    Q.ダブルスープとは何ですか?
    A.温かい蕎麦つゆと、冷たい大豆のまめつゆ。二つを別々に味わう高ののつけ麺様式です。

    Q.いつ食べられますか?
    A.毎週火曜日、9時から13時まで。限定30食で、売り切れ次第終了です。

  • 大豆で、ラーメン?|GOJIRU STYLE RAMEN 第二章

    大豆で、ラーメン?|GOJIRU STYLE RAMEN 第二章

    EDAMAME GOJIRU — THE NEXT GREEN FROM JAPAN, AFTER MATCHA

    抹茶に代わる新しい日本の緑|枝豆の呉汁を世界へ

    毎週火曜日は、蕎麦打ち職人がラーメンを打つ日。

    2026年7月14日、
    GOJIRU STYLE RAMEN 第二章を始めます。

    今回、ラーメンの前に置いたものは、大豆です。

    豚骨や鶏白湯の代わりを作りたいのではありません。

    日本料理の中で長く食べ継がれてきた大豆を、蕎麦屋の技術と考え方で、ラーメンの一食へつなぎます。

    温かい。冷たい。二つのつけ汁

    明日の手打ち麺には、二つのつけ汁を用意します。

    一つは、鳥油を生かした温かいスープ。

    もう一つは、大豆のすり身から作る冷たい「まめつゆ」です。

    温かいスープは、鍋蕎麦の様式で。
    冷たいまめつゆは、蕎麦猪口で。

    一つの食事の中に、温かい料理と冷たい料理がある。

    どちらか一方に決めるのではなく、その時の気分、その一口の麺に合わせて、食べ方を選んでいただきます。

    日本の郷土料理「呉汁」から

    「呉」とは、水に浸した大豆をすり潰したもの。

    その呉を汁に仕立てた「呉汁」は、日本各地で受け継がれてきた郷土料理です。

    高のでは、2013年から呉汁を蕎麦に取り入れてきました。

    大豆の呉に、出汁と黒胡麻を合わせ、鉄鍋で仕立てた料理が、2014年発表の「名代護摩蕎麦」へとつながりました。

    大豆は、突然ラーメンに現れた新しい材料ではありません。

    鍋蕎麦、呉汁、護摩蕎麦。

    亀戸で積み重ねてきた高のの歴史。その続きを手打ちラーメンで表現するのが、GOJIRU STYLE RAMEN 第二章です。

    蕎麦職人がラーメンを打つ理由

    麺は、国産小麦を使い、加水率55%で棒打ちします。

    加水率60%にも挑戦しました。

    しかし、数字を高くすることが目的ではありません。

    手で打ち、食べ比べ、麺とつけ汁の調和を考えた結果、高のでは55%を選びました。

    蕎麦もラーメンも、日本の麺文化です。

    十割蕎麦で培った手の感覚を小麦の麺に生かし、鍋蕎麦で育ててきた出汁の考え方を二つのつけ汁に生かします。

    食べ方を選べる一食へ

    料理を作る時、高のが最初に考えるのは、技術をどう見せるかではありません。

    食べる人に、最後の一口までどう楽しんでいただくか。

    温かいスープで、麺の力強さを味わう。

    冷たいまめつゆで、大豆のやわらかな甘みを味わう。

    二つを行き来しながら、自分の食べ方を選ぶ。

    それは、十割蕎麦を温かく、最後までおいしく召し上がっていただくために、2012年から一つの鍋で一食を仕立ててきた「鍋蕎麦」と同じ姿勢です。

    一品を作ったのではない。
一食を設計した。

  • 鍋蕎麦 その定義。

    鍋蕎麦 その定義。

    十割蕎麦を、温かく、最後まで美味しく召し上がっていただく。

    その答えが、私たちの「鍋蕎麦」でした。

    蕎麦は、蕎麦の実を挽き、蕎麦切りとなり、日本人はそこへ出汁を合わせる知恵を育ててきました。

    これは、まさに日本料理の知恵です。

    私たちは十割蕎麦を打ち続ける中で、熱を加えた十割蕎麦の美味しさを、もっと引き出したいと考えました。

    その結果、一つの鍋で仕立てるという形にたどり着きました。

    鍋の中で出汁と旬の食材が調和し、十割蕎麦は最後まで美味しく味わえる。

    だから私たちは、この料理を「鍋蕎麦」と呼びます。

    鍋蕎麦屋とは、日本料理を一つの鍋で表現する蕎麦屋。

    出汁、呉汁、護摩、旬の食材。

    日本料理が育んできた知恵を、一つの鍋に込める。

    NABESOBA=鍋蕎麦です。護摩蕎麦ではありません。
    護摩蕎麦は、高ののNABESOBAを代表する一品です。
    普段の十割蕎麦も、火曜日の小麦蕎麦も、一食を設計する思想によってNABESOBAにつながっています

    それが、亀戸養生料理鍋蕎麦屋 高のです。

  • EDAMAME GOJIRU — THE NEXT GREEN FROM JAPAN, AFTER MATCHA #3

    EDAMAME GOJIRU — THE NEXT GREEN FROM JAPAN, AFTER MATCHA #3

    抹茶に代わる新しい日本の緑|枝豆の呉汁を世界へ

    呉汁と高の名代護摩蕎麦

    一杯の護摩蕎麦は、この一粒の大豆から始まります

    14年以上、私は大豆を煮続けてきました。

    呉汁は、日本各地に受け継がれてきた郷土料理です。

    大豆をすり潰し、出汁や味噌と合わせる。

    派手ではありませんが、日本人が「身体に徳する食事」を考え続けた知恵が詰まっています。

    私はこの呉汁に魅せられました。

    「この料理を、蕎麦で表現できないだろうか。」

    その問いから始まった挑戦が、名代護摩蕎麦です。

    黒胡麻を重ね、十割蕎麦を合わせ、季節の野菜を添える。

    そして最後は玄米で締める。

    私は一品を作ったのではありません。

    一食を設計しました。

    護摩蕎麦は、胡麻の料理ではありません。

    呉汁の思想を受け継ぐ、日本料理です。

    これからも私は、大豆の可能性を追い続けます。

    護摩蕎麦、そして新しい麺料理へ。

    日本料理の知恵を、未来へ、世界へ。

    SOBA TAKANO

    亀戸 養生料理 高の

    東京都江東区亀戸。

    十割蕎麦とGOJIRU STYLEを発信しています。

  • 蕎麦打ち職人手打ちラーメンシリーズ #03

    蕎麦打ち職人手打ちラーメンシリーズ #03

    妻の肉じゃがが教えてくれたこと

    誰かを思いながら作る。

    それが、料理だと思っています。

    手打ち小麦そばつけ麺のスープは、妻・オスギの肉じゃがから生まれました。

    家族のことを思い、毎日当たり前のように作ってくれる一皿。

    その優しさを、一杯のつけ麺で表現したいと思ったのです。

    じゃがいもと大根をゆっくり炊き、鰹、昆布、椎茸、豚の旨味を重ねる。

    美味しさだけを追いかけるのではなく、食べる人の身体と心に寄り添う味。

    それが私の目指す日本料理です。

    日本料理は「バランス」。

    麺とスープがお互いを生かし合い、丸く調和する。

    その一杯には、感謝が詰まっています。

    オスギへ。

    そして、フランス・マルセイユのクリス、新潟のお母ちゃん。

    いつも支えてくださる皆さんへ。

    料理は、誰かへのラブレター。

    これからも、一杯一杯に心を込めて打ち続けます。

    SOBA TAKANO
    ラーメンシリーズ #2
    料理は、誰かを思う心から生まれる。

    SOBA TAKANO

    亀戸 養生料理 高の

    東京都江東区亀戸。

    十割蕎麦とGOJIRU STYLEを発信しています。

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